「月ではなくお前に狂いそうだよ・・・」

「センパイの〈力〉は『ルナシー(狂気)』だ」

二人で最高の月を見たあの夜から数週間が過ぎた。


mondsichel


乾と海堂は一緒にトレーニングをする。

今日も他の部員が帰ってしまった後も、二人でコートの残っていた。

空を紅く染めていた夕日も沈みかけ、暗くなり始める。そんな時間。

当然ボールも見えにくくなってくる。

視力の良い海堂と違い、乾はかなり悪い。

いくら眼鏡をしているとはいえ、危険な時間帯だ。

「そろそろ上がろうか、海堂。」

「ッス」

二人はコートを片づけ始めた。



ボールをカゴに集めているとき、海堂が空に銀色に輝く弓を見つけた。

「あ・・・」

最後の一個をカゴに入れた海堂は、動きを止めて空を見ている。

『あの夜』のことを思い出していた。


さきにカゴを片づけた乾がコートに戻ってきた。

海堂はまだ空を仰いでいた。

「何?どうしたの?」

「え・・・あ・・・」

海堂は一度乾を見たが、また上を向いてしまった。

乾が同じように上を見ると・・・

「あぁ。いい月だねぇ」

「ッス」

海堂はあの夜以来、月が好きになった。

今まではあまり興味がなかったのだが、気付くと月を探すようになっていたのだ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



今日の月は満月ではない。三日月だ。

でも何か三日月っぽくない。

あれは何だろうと考えていると、

それに気付いた乾が教えてくれた。


「ホントにいい月だねぇ。今日は『地球照』がキレイに見えてる」

「地球照?」


初めて聞く言葉だった。

海堂が首を傾げていると、乾はそのまま続けた。


「うん。地球照。

ほら、月の端から端にかけて白くぼんやりと円を描いている部分があるだろう?

あれを「地球照」って言うんだよ。

月が輝くのは太陽に照らされてるからってのは知ってるよね?

「地球照」のあの」部分は、文字通り地球に照らされて光ってるんだ。

太陽の光が一度地球に来て、その照り返しが月の影の部分をほんのりと浮かび上がらせてるというわけ。」


乾はずっと月を見ながら話していたが、

海堂は途中から乾の顔を見ていた。

『センパイは知らない事なんてないんじゃないか?』

本気でそう思ってしまうほど乾は博識だ。

海堂が「尊敬の眼差し」で見ていると、

乾はもう一つ地球照の話をしてくれた。


「それとね。昔は地球照で光ってる部分は、

月でも地球でもない、別の世界だと考えられていたこともあるんだよ。

・・・そうだね。銀色に輝く鎌のように美しい月、その影にほんのりと浮かび上がる地球照を見たら、

誰でも別世界だと思うかもしれないね」


・・・確かにそんな世界は存在しないのかもしれない。

でも、「月の魔力」は存在する。二人はそう信じている。

なぜなら・・・


月の魔力によって導き出された相手への「想い」に気付き、

今、こうして二人は一緒にいるのだから・・・


ほんのりと紅かった空がいつの間にか暗くなっていた。

すでに沈んでしまった太陽を追うように月も沈んでゆく。


「ほら海堂。月がゆっくり沈んでゆくよ。

・・・ビルの谷間に沈む月も悪くないけど、

海や山に沈む月をいつか一緒に見に行こうな。

海堂はどっちが良い?」

乾は優しく微笑った。

「オレは海が良いッス」

海堂も微笑った。

乾は海堂のこの笑顔が大好きだった。

嬉しくなった乾はさらににっこりして

「あ、やっぱり?俺もなんだ。

夕暮れの海って何だかロマンチックだよな。

・・・いつか一緒に見に行こう。大好きだよ・・・海堂・・・」

そう言って乾は海堂を抱き寄せて優しく口吻た。



海を染めながら沈む夕日も

海を照らす銀色の月も

海に輝くたくさんの星も

吸い込まれそうな深い闇も

全部君と一緒に見たい

星に願いを込めるのはみんながしていることだから

俺は月に祈るよ

俺は月に願いを込めるよ

叶えてほしい願いはたったひとつだけ

「海堂・・・君とずっと一緒にいたい・・・」

それだけなんだ。




二人の初めての口吻・・・

甘くて・・・優しくて・・・幸せな気持ち・・・

乾は海堂を腕に抱いたままもう一度空を見た。


「俺達も、あの月のようにゆっくりとした速度で「俺達らしさ」を作っていこうな

・・・ずっと一緒にいるために・・・」


きっかけをくれたのは月

想いに気付かせてくれたのも月

でも、それから先をどうするかは二人次第なのだ。


引き寄せあうように二人はもう一度口吻を交わした。


それは二人にとって「特別な儀式」のようだった・・・



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ちょっと甘めにしてみました。

地球照は水月も大好きです。