このお話は、「Geburtstag eins」 の続編です。
単品でも話がわかるようにはなっていますが、そちらを先に読んでからの方が、
流れがわかると思います。






   Geburtstag zwei  −1−


海堂薫は悩んでいた。
6月3日。「ある男」の誕生日。
特別なこの日に、何か贈れる物・してあげられることはないかと、
2週間ほど悩んでいた。

自分の誕生日には、温泉旅行とシルバーリングをプレゼントしてもらったのだが、
今まで家族以外の誕生日に、「何か」をしたことのない海堂は、
何をしたら喜んでもらえるのか必死に考えていた。


深刻な顔をしている海堂に、少しテレくさそうな顔をした乾が話しかけてきた。


 「海堂。頼みがあるんだけど・・・」


乾が海堂に頼み事をすることは滅多にない。

海堂は少し嬉しくなった。

いつも自分が頼ってばかりだから、乾に頼み事をされるのは誇らしい気持ちになった。


 「今度の週末なんだけどさ・・・
  両親が夜勤でいないんだよね。
  一人で淋しいから、海堂。泊まりに来てくれないか?」


家族と一緒にいることが当たり前だった海堂は、
 「一人で淋しい」
という乾の言葉に、何ともいえない気持ちになった。
乾は少し紅くなっていた。
そんな顔をして頼んだ「願い」を海堂が断れるわけもなく、
当然「泊まりに行く」と答えた。

海堂からOKをもらった乾は、「ありがとう」と、とても幸せそうに微笑った。





ここ暫く、海堂は練習後毎日デパートに通っていた。
【何か】を探しに。
もちろん「お泊まりセット」を探しに来たわけではない。

今度の週末、泊まりに行く日は「6月3日」

そう、この日は海堂がずっと悩んでいた乾の誕生日なのだ。



2週間も前から悩んでいるのに未だに「贈り物」が決まらない。
海堂はあまり買い物をしないから、予算はしっかりある。
でも海堂は「高いもの」=「喜ぶもの」でない事をちゃんと知っている。
だから悩むのだ。
テニス用品・文房具・・・どちらも違う。
ずっと残っているものを贈りたかった。



何軒目かのデパートに入った海堂は、「メンズアクセサリー」のコーナーに行ってみた。

海堂は自分の誕生日にもらった指環を今まで一度もつけたことがない。
時々ケースを開けて眺めるだけ・・・・・
乾と二人で出掛けるときも、つけているのは乾だけで、
海堂の指に光る物がないのを見る乾は少し淋しそうだった。
別につけたくないわけではなく、恥ずかしかっただけなのだが・・・

そんな事を考えながら店内を歩いている海堂の目に「チョーカー」が写った。


  『チョーカーに指環をつければ恥ずかしくないかも・・・・・』



海堂は誕生日の温泉旅行で貰った乾の言葉

  『7年たって、酒が飲めるようになってからも一緒に来たいね。
   ・・・・・俺が好きなのはお前だけだよ』

に、「もしかしたらオレもセンパイを好きなのかも・・・」と思った。
そしてその気持ちはゆっくりと確実なものになっていった。
今では乾同様「相手を自分だけのものにしたい」と思うようになっていた。
そんな海堂にとって、チョーカーは最高のものだった。


   ずっと残るもの イコール

   束縛の証  イコール・・・・・


チョーカーに決めた。





    ◆     ◇     ◆     ◇     ◆



今日は 「6月3日」 お泊まりの日。

青学テニス部は休みの日でも、当然練習がある。
今日は午前中だけの練習だった。


 「今日は何時くらいに来れる?」


 「明日の練習の用意もあるから一度家に帰るッス。
  それからだから・・・3時くらいには。」


 「そっか。じゃあ待ってるよ」


別に何のこともない先輩後輩の会話。
トレーニングのことなどで乾の家に行くことの多い海堂だから、
いつもと変わらない会話。
しかし、今日は泊まりという事もあって、海堂は少し気恥ずかしかった。

いつもと同じ練習時間がとても長く感じた。



部活が終わると、海堂は少し急いで家に帰った。
シャワーを浴びて、昼食をとり、明日の練習の準備をした。
いつも持ち歩くテニスバッグにタオルと着替え。
きれい好きの海堂は予備まで持っていく。
それらを入れてもバッグには余裕があったが、
今日の着替えなどは別のバッグに入れた。
今日は「特別」だから、他の日と一緒にしたくなかったのだ。
用意を終え、出掛けようとした海堂は母に呼び止められた。


 「薫さん。コレを乾君に食べて貰って?
  それから今度家に泊まりにいらっしゃいと伝えてね。」


両親が不在だからと、乾に言われたとおりの説明を海堂から聞いた母は、
差し入れを作ってくれていた。


 「ありがとう。母さん。
  じゃ 行って来ます」


母の差し入れをバッグに入れ、 家をあとにした海堂の胸には

銀色のチョーカーが光っていた





その頃乾は夕食の買い物をしていた。

小さい頃から両親が不在がちだったために、家事は一通りこなせる。
人が来るリビングなどは乾が掃除をすることが多いのだが、綺麗に片づいている。
なのに人が来ない自分の部屋は、かなり物が散乱している。
初めて海堂が来たときは、あまりの凄さに固まってしまうほどだった。
乾に言わせると、「コレはコレで片づいている」ということなのだが、
ガラステーブルには指紋一つ、フローリングには塵一つない
手入れの行き届いた部屋にいる海堂には、信じられない光景だった。
それも通っているうちに洗脳され、今は慣れてしまっているのだが・・・・・


買い物カゴをぶらぶらと持て余しながら、乾は店内を歩いていた。
中には何も入っていない。
メニューが決まらないのだ。
いくら一通りこなせると言っても、あまり凝った物は作れないし、
折角海堂が来てくれるのに、冷凍モノや、レトルト、インスタントモノを出せるハズがない。
猫舌の海堂が食べやすいモノを・・・と悩んだ末、パスタに決めた。
メニューが決まると、乾は次々にカゴに放り込んだ。


レジに向かう途中、「あ」と小さな独り言を言い、乳製品のコーナーに向かった。


  『忘れちゃいけないよな・・・』


海堂が毎朝食べている「アロエヨーグルト」

乾は少し微笑んでそれをカゴの中に入れた。



会計を済ませ外に向かう乾は、ケーキコーナーの前を通った。


 「ケーキか・・・」


買っていこうかと、乾はまた悩み始める。
でも、自分で自分の為に買うのもどうかと思った。

それに・・・


  『海堂はどう思うだろうか。
   今日が俺の誕生日だと知っているのだろうか。
   もし知らなかったら、その事で海堂は自分自身を責めはしないだろうか。
   ・・・・・知らない確率は高い・・・・・
   俺は何度も好きだと言っているが、
   海堂が「好きだ」と言ってくれたことはないし・・・』


そう考えた乾は、「特別食べたいワケでもないし」と
そのままケーキコーナーを過ぎていった。





家を出た海堂は、母から聞いたケーキショップに来ていた。
あまり甘くなくておいしいケーキショップを知らないかと聞いていたのだ。

海堂は顔を紅くしながら小さめのケーキを注文して、チョコレートプレートには

 【HAPPY BIRTHDAY SADAHARU】

と入れて貰った。

名前で呼ぶ事などなかったので、とても恥ずかしかったが、
流石に【乾】では申し訳ないと思った。



紙袋に入れて貰ったケーキを大切そうに持ち、海堂は乾の家へと急いだ。








久々に「ほのぼの」っぽいカンジです。
今年('04)の6/3は土曜日ではありませんが、ま・ご都合主義と言うことで・・・
お許しあれ!