besonder





10/3  23:30


ケータイを握りしめ、コワイ顔をしている少年がひとり。
そのケータイを持つ手はうっすらと汗ばみ、微かに震えていた。
顔を紅らめ、息も少し荒くなっている。

別に妖しい行動を取ろうとしているわけではない。
極度の緊張状態にあるのだ。



彼。海堂は今、メールを打とうとしている。
いつものフツーのメールならば緊張はしない。
だが、今日のこのメールは特別だった。





  『何て言おうか・・・』





ずっと悩んでるのになかなか良い言葉が見つからない。





  『とにかく用件だけ伝えれば良いんだ』





そう決心し、彼は「フシュ〜〜〜」と長い息を吐き、震える手でメールを打ち始めた。














そのころ跡部は自室で本を読んでいた。
店で何気なく手にしたその本に、思いの外ハマッてしまったのだ。

もともと読書家の彼は読むのが早い。
夕食も入浴も済ませてから一気に読破した。
普段は洋書だが、たまには和書も良いものだと深く息をついた。

流石にずっと活字を追っていれば目も疲れるし肩もこる。
明日は平日で普通に学校がある。
いい加減眠らなければ授業どころか部活に支障が出る。
跡部は小さなあくびをひとつしてライトを消し、ベッドへ入った。



酷使した目を閉じてみても、一向に睡魔は襲ってこない。
頭が冴えて、とても眠れそうになかった。


こんな時に浮かぶ一人の少年の顔。
大切な恋人。 海堂薫・・・



  『もう寝むっちまったよな・・・』



学校の違う彼らはいつも一緒に居られるわけではない。
逢うのは週に一度だけ・・・
だが、どちらかに用事でも出来てしまえば、その一度すらなくなってしまう。
逢いたいときに逢える恋人達が本当に羨ましかった。



  『今度の休みは逢えると良いんだが・・・』



そう考えながら眠りの世界へ旅立ち始めたとき、携帯が跡部を引き戻した。





 「・・・・・薫?・・・・・」





その着信音は海堂に設定しているメールの物だった。
跡部はすぐに携帯を取り、メールを開けた。




 誕生日おめでとう御座います。
 今日、逢いたい。
 6時にいつもの店で待ってます。

 薫



メールの一行目を読み、反射的に時計を見る。

12時ちょうどだ。
今はもう10月4日。跡部の誕生日だ。





 「―――ったく。
  こんな方法、何処で覚えてきたんだか・・・」





跡部は携帯を見つめながら海堂に想いを馳せ、柔らかく微笑った。
そして、こんなに可愛い事をされたのでは気持ちを抑えられなくなるのが人というもの。





 「「6時に」なんて、待ってられっかよ」





跡部は学校まで迎えに行くことに決めた。
穂摘さんに話しとかなきゃな・・・。と小さく呟き、幸せな気持ちのまま眠りについた。








     ◆        ◇        ◆        ◇        ◆








その日海堂は一日中何事も頭に入らなかった。
「大好きな人に逢える」そう考えただけで嬉しくて堪らなくなるのは彼だけではないだろう。
大好きな部活も、今日だけは早く終わってくれと願わずにはいられなかった。

海堂の想いが通じてか、いつもよりも少し早めに練習が終わった。
急いで着替え、海堂は大好きな人の元へと走り出した。



門まで来た海堂は、門に背を預けて腕を組み、こちらを向いて微笑んでいる男に気付き、
走る足をゆるめた。





 「なんで・・・?オレ・・・あの店って伝えたハズなのに・・・」





跡部はこの状況を理解ずに驚いたままの海堂を見て微笑みの表情から一転し、
いつものいぢわるな笑顔になった。





 「あーん?
  折角お前が誘ってくれたのに、待っていられるワケねーだろぅ?
  だから迎えに来たんじゃねーか」





 「・・・・・・・
  何でアンタはいつもそう・・・」





海堂は少し俯いて微かに口をとがらせ、上目遣いで跡部を睨め付けたが、
すぐに口元をゆるませ、





 「でも・・・迎えに来てくれて嬉しいっス」





とほんのり顔を赤らめた。

そして二人は跡部のマンションへと向かった。







ドアを開けると、ステキに用意された空間が広がる。
何度も来ている部屋だが、今日は特別だ。
テーブルの上には既に食事が用意されている。
使用人の皆さんが直前に用意してくれたのだ。
二人きりになってもらうために、皆さんはもうお帰りになっていた。

今この空間には、跡部と海堂の二人しかいない・・・
テレくさそうにしている海堂に、跡部は後ろから抱きついた。





 「なぁ・・・薫。
  何で電話じゃなくてメールだったんだ?
  せっかくの〈言葉〉。
  ちゃんとお前の口から聴きたかったぜ?」





耳元で囁かれては逃げられない。
誘われるように海堂は言葉を紡いだ。





 「・・・・・だって・・・・・なんかテレくさくて・・・
  初めは電話にしようと思ったんだけど・・・
  は・・・はずかしくて・・・・・」





それだけ言うと、海堂は俯いてしまった。
耳まで真っ赤だ。
もういっぱいいっぱいなのがハッキリわかる。
そんな海堂が可愛くてしかたがない。
跡部はさらに声に艶を出し





 「ちゃんと言って・・・ 薫・・・」





息をかけながら囁き、耳にキスをした。





 「―――――っ!!」





ゾクゾクとした、困ったことにイヤではない感覚が全身を駆けめぐり、海堂を襲った。
頭をブンブンと振り、気持ちを落ち着けた。



  『クソッ 流されるな!頑張れ オレ!』



なんとか持ち直した海堂は、「ふしゅ〜」といつもの息を吐き、
跡部の腕から抜け出し、改めて向き直った。





 「誕生日おめでとう。 けぇご」





ちゃんと目を見て伝えたが、そこは基本的にテレ屋な海堂。
やはり下を向いてしまった。





 「アリガトな 薫。 すっげー嬉しいぜ。
  さ。食事にしよう。せっかくの料理が冷めちまう」





跡部は柔らかく微笑った。
その頬がほんのり紅くなっていることに気付いた海堂も穏やかな笑顔を見せた。













食事の後は映画を観て過ごした。
以前行こうと言っていたのに、都合がつかなくて観られなかった映画。

二人は目の前のスクリーンに気持ちを集中させた。

  哀しくも美しい愛の物語・・・

この作品はこれから先もずっと人々を魅了するだろう。
実は昨晩跡部が読んでいたのはこの作品だった。



映画が終わっても二人は無言のまま・・・
おもしろいことに、二人の感想は全く逆だった。

  「あんな風に愛したい」と思う跡部と
  「あんな風に愛されたい」と思う海堂。

こんな二人だからこそバランスが取れているのだろう。
そしてそう思う相手が今、隣にいてくれる。
そこに言葉はなくても、互いを見つめる視線がちゃんと語ってくれていた。



海堂は自分の横に置いてあるバッグから、綺麗にラッピングされた細長い箱を取り出した。





 「誕生日おめでとう。けぇご」





改めて伝え、箱を渡した。





 「ありがとう。
  開けても良いか?」





跡部が聞くと、海堂はコクンと頷く。
静かに飾りを解かれた箱の中には、ちょっといいカンジのボールペンが入っていた。
文房具を送るタイプには見えなかったから、少し意外に思い顔を上げると、
海堂は紅くなって顔を背けている。





 「もしかして、何か特別な意味、あるのか?」





少しいぢわるな顔で聞くと、
海堂の口から予想すらしていなかった言葉が発せられた。





 「オレとお揃いなんス。
  オレ・・・授業のノートはボールペンだけで書いてるんで・・・
  同じの持ってたら・・・なんか嬉しいじゃないスか・・・」





離れているからこそ、特別な「何か」が欲しかった。
すぐに相手を考えられる「何か」が欲しかった。

その「何か」がボールペンだったのだ。





 「オレ・・・けぇごみたいに高価なものとか贈れねぇけど・・・
  でも・・・・・」





言わなくても解ってもらえる。
聞かなくても解る。



  「とても大切な気持ち」が入っていることを・・・・・





 「最高のプレゼントだ・・・・・
  有難う。薫・・・」





跡部は海堂の唇に「想い」を伝え、にんまりと微笑った。





 「薫・・・
  お返しに「俺」をやるよ」





耳元で囁く跡部の声に、海堂は腰が抜けそうになった。
不意打ちはかなりこたえる。
 「いらねぇ」と言いそうになったが、いつもからかわれては悔しい。
今日は特別な日だし、自分もやってやろうと企んだ。

腕を首に回し、小さな声で呟いた。「くれ・・・・・」と・・・・・

予想外の行動&言動に跡部は固まる。
海堂の顔を見ると「してやったり」というような顔をしていた。
『そういうことか』と納得した跡部は「上等じゃねーのよ」とニヤリと微笑う。





 「仰せのままに」





やはり跡部の方が数倍上手。
「やっぱりいい」と断る海堂に、微笑いながら「遠慮すんな」と言い、
ベッドルームへと連れていった。





 「ちゃんと穂摘さんに泊まりの許可はもらってる。
  好きなだけくれてる。覚悟しろよ?」





跡部はやっぱりいぢわるな笑顔で、でもとても優しい眼差しで海堂に口吻た。






二人の夜は  まだ始まったばかり・・・









お誕生日おめでとう御座います。跡部様。