1000の言葉    −3−




季節は移り、暖かな春になった。
桜の花が咲き乱れる4月、海堂は高等部に入学した。


高等部でも当然テニス部に入った。
そこには外部から入ってきた者もいたが、知っている顔が殆どだった。

優しく、時に厳しい尊敬する先輩達。
ずっと一緒に練習してきた同級生達。

中等部のテニス部に入ったときのことを思い出した。


でも、この場所にはいつも自分に微笑い掛けてくれた笑顔がない。
海堂は乾がいないことがこんなにも淋しいことだと、再確認させられた・・・・・



家に帰り、パソコンを起動させると、いつも通り乾からのメールが届いていた。



   (そろそろ部活が始まる頃だな。当然テニス部に入ったと思う)

 「入ったさ。アンタのいないテニス部に・・・」

   (何度も言ったけど、ただ鍛えればいいってモノじゃない。
    時には休息も必要だということを忘れないように)

 「・・・・・」

   (今の君の躰がどんなカンジなのかさすがに想像することが出来ないから、
    メニューを組んであげられないのがツライな)

 「・・・だったら早く・・・・・」

   (帰ったらしっかり調整させてもらうから覚悟してなさい。
    早く君とテニスがしたいな。

     好きだよ)

 「オレも・・・早くアンタとテニスがしたいよ・・・・・」



中等部の頃、初めてダブルスを組んだときは、
部活後も一緒にトレーニングをした。
あの頃が・・・今はひどく懐かしかった・・・・・





   ◆     ◇     ◆     ◇     ◆





乾のいないテニス部で、海堂はがむしゃらに練習していた。
海堂を初めて知った者や、あまり関心のなかった者は、
「すげぇ気合い入ってンなぁ」
と、感心していた。

しかしちゃんとわかっている者もいた。
淋しさを紛らわせようとしているのだということを・・・・・



 「荒れてるね、海堂。見てる方もつらくなるよ」

 「あぁ。早く帰ってくるといいな」

 「そだね」



不二・大石・菊丸だった。
手塚も気付いていたが、あえて口にはしなかった。
淋しさに飲まれて壊れてしまう程、海堂は弱くないと知っていたから。
そしてもう一人。ライバルである桃城だ。
衝突することの多い二人だが、それは相手を認めているからこその行動で、
結構仲が良かったりする。
笑わせたり、からかったりして、海堂の気持ちを軽くしていた。



  『気を許せる仲間がいるというのは、悪くないな』



仲間の存在に助けられ、少し強さを取り戻した頃、
季節は夏になっていた。





今日は7月7日。「七夕」
星に願いを込める日。
部活を終えた海堂は、一度家に戻り、ロードワークに出掛けた。
いつもの距離を走り、公園で筋トレをする。
海堂は動きを止め、大の字に寝転がった。

目の前に広がる世界には、星が優しく輝いている。
暫くそうしたまま星を見ていた。

海堂は「天の川」を見つけると、今日が「七夕」であると思い出した。
そして星を見つめたまま小さく呟く・・・



 「早く帰ってこい」



海堂の〈言葉〉に木々が揺れる。



 「これ以上なんて・・・もう待たねーぞ・・・・・」



そう言って目を閉じた海堂の耳に、美しい低音が響いた。



 「それは困るな・・・・・」



海堂は驚いて躰を起こした。
見開いた瞳に映ったのは、優しく微笑む乾だった。



 「センパイッ? 何でっ・・・」



今は7月。乾が帰ってくるのは9月のハズだ。
・・・・・まぼろし・・・・・?
違う!本物だ!!



 「この時間ならココにいると思ってね。
  ・・・ただいま。海堂・・・・・」



海堂は乾を見つめたまま固まってしまった。
まだ状況が飲み込めていないようだ。
乾は愛おしそうに海堂を見つめながら、ゆっくりと説明した。



 「本当は9月の予定だったんだけど、間に夏休みが入るから、
  早くしてもらったんだよ。
  もう試験も終わったから帰って来ちゃった。
  ・・・・・いい体験をしてきたよ。
  あっちのテニスも楽しかったけど、もっと勉強したいとは思わなかったな。
  だって海堂がいないから。
  やっぱり俺は海堂が傍にいないとダメみたいだ。
  ・・・・・ところで・・・・・
  まだ言ってくれないのかな?」



いま、目の前にいる乾は幻ではない。
乾は帰ってきたのだ。
やっと現実が海堂の中で確かなものになった。



 「おかえり!」



海堂は乾の元へ走った。
駆け寄ってきた海堂を、乾は優しく抱きしめた。



 「ちゃんと届いたかい?『1000の言葉』は」



そう。乾からのメールは1000通に及んでいたのだ。



 「はい。
  ・・・スミマセン・・・オレ・・・一度も返事しなくて・・・でも・・・・・」



海堂も届けられない『1000の言葉』を呟いていたのだ。
返事はくれなくても、メールを見て応えてくれるはず。
海堂はそういう少年だ。
それがわかっていた乾は、海堂の耳元に囁いた。



 「ちゃんと聞こえたよ。お前の『1000の言葉』も」



海堂は驚いて乾を見た。



   『何でこの人には全部わかってしまうんだろう』



まじまじと自分を見る海堂が何を考えているのか大体見当がついたが、
乾はそれに気付かない振りをして微笑み掛けた。



 「大切なことを、まだ言ってなかったな」



もう一度海堂を抱きしめて想いを伝えた。



 「やっと逢えた・・・・
  好きだよ。海堂。」



乾は腕の中の海堂が同じ事を言ってくれると思っていた。
「好きだ」と言って欲しかった。
しかし、乾に耳に入ってきたのは、予想もつかないものだった。



 「オレはもうアンタを好きじゃない」



信じられない言葉を聞いた乾はそのまま固まってしまった。
海堂はしてやったりというカンジのいたずらな笑みを浮かべて続けた。



 「オレはアンタを『好き』じゃない。『大好き』だ!」



乾は ふぅ〜 っと安堵の息をつき、参ったと微笑った。



 「全くお前にはかなわないよ。
  いつも予想できないことをしてくれる」



そう言って、微笑む海堂の唇に自分の想いを重ねた。



─────始まりの口吻─────



今度は幸せな味がした。






口吻の余韻に浸り、顔を胸に預けていた海堂に、今度は乾が悪戯を試みた。



 「ところで海堂。
  俺達は別れたことになってるけど、俺はどうしたらいいのかな?」



海堂は自分から別れを言いだしたことを思い出し、表情が固まってしまった。



 「そっ そんなコト・・・・・」



言わなくても解ってるクセに・・・絶対ワザとだ。
海堂は負けてたまるかと言葉を返した。



 「アンタが別れたままでいいなら、それでもいい」



海堂は乾から躰を離し、背を向けた。
乾はあわてて謝った。



 「ゴメン海堂。お前があんまり可愛いから・・・つい、ね。
  それに、お前から言って欲しかったんだ」



海堂は背を向けたまま呟いた。



 「・・・いで・・・くれ・・・」

 「え?」



聞き取れずに返した乾に、海堂は振り向いて、
怖いくらい真剣な眼差しで伝えた。



 「離れないでくれ」



決して聞くことが出来ないだろうと思っていた〈言葉〉に乾は酔いしれた。
愛しいという気持ちが泉のようにあふれ出る。



 「もう二度と!」



乾は海堂を抱きしめて、もう一度口吻た。



    

    『飽きるほどのキスと抱擁と、
     惜しみない「愛」を君に・・・そして・・・・・』

 「今度こそ『約束』を守るよ。
  『ずっと一緒に』いような!」




海堂の隣に広がっていた哀しい空間は、今はもう消えている。


口吻を交わす彼らの頭上で、海堂の願いを叶えた星が


   静かに流れた・・・・・






           

何とか間に合いました。
7月7日って、不思議なくらい雨とか曇りですよね。(あー頭痛い・・・)
「年に一度の逢瀬」・・・
逢いたくても逢えないのは本当に辛いです。
せめて薫君達だけでも幸せにね