「オレ達・・・別れましょう・・・・・」






  1000の言葉    −2−



一番言われたくなかった言葉が、海堂の口から発せられた。
乾の予感は当たってしまったのだ。
『自分が悪い』と解っていた・・・・・でも・・・・・


 「そんなに俺のことが許せないのか?」

 「え?」

 「『約束』を破る俺が許せないんだろ?」


海堂には乾が何を言っているのか解らなかった。
少し考えて、自分が怒っているのだと誤解されていることに気付いた。


 「違います。そんな理由じゃない」

 「じゃあ何で別れるなんて言うんだよ!」


珍しく乾が声を荒くした。
いつも冷静な彼だが、愛する者からの別れ話を聞いて落ち着いていられるはずがなかった

海堂はゆっくりと時間をかけて自分の「想い」を伝え始めた。

言葉を選んでいるのではない。
探しているのだ。
どんな言葉が一番相応しいかを・・・・・


 「アンタは俺が怒ってると思ってるみたいだけど、それは違う。
  オレ・・・アンタに好きだと言ってもらえて凄く嬉しかった。
  オレもアンタが好きだったから・・・
  『付き合って欲しい』と言われたとき、オレは決めたんだ。
  アンタの邪魔はしないって。
  アンタ、あっちでもテニスをやるだろう?
  ・・・もしかしたら一年だけじゃなくて、もっと勉強したいと思うかもしれない。
  そう思ったとき、今のままならオレのこと考えてやめちまうだろ?
  オレはそれがイヤなんだ。
  今だってそうだろ?
  折角留学するのにオレのこと考えてんだろ?
  ・・・自惚れかもしんねぇけど・・・・
  オレの存在がアンタをガラス玉に閉じこめてるなら・・・
  ・・・・・そこから出てって・・・いい・・・・・」


海堂の最後の言葉はふるえていた。
逢えなかった時の中、必死に戦っていたのだろう。

心の葛藤と・・・・・

海堂の想いは痛いくらいに乾に伝わった。
これ程までに「心の中」を見せてくれたのは初めてだった。
深く想われていると知った乾は改めて思った。


   『離したくない』


と・・・・・


 「おまえの気持ちはよくわかったよ。
  でもな・・・
  たとえ今別れたとしても、俺がお前を好きなことに変わりはないんだよ?
  わかっているんだろう?」

 「・・・それでも・・・」

 「何度も何度も言ってるのにまだわからないのか!?
  俺はお前が好きなんだ!
  『海堂薫』だけが好きなんだ!
  お前は俺をガラス玉に閉じこめていると言ったな。
  俺にはそんなつもりはない。
  そのガラス玉はお前の『想い』だ。
  お前の『想い』の中で、包まれていると思わせてくれないか?
  ・・・・・待っていてくれなんて言えない。
  でも・・・覚えていてくれ。
  俺がお前を好きだという事を・・・・・」


海堂は泣いていた。
ただ静かに泣いていた。
乾は優しく海堂を抱きしめt・・・・・
海堂は乾の腕の中で、ふるえる声で言葉を綴った。


 「もうそれ以上言うな・・・・・」


それ以上聞いたら、心の底に沈めたはずの言葉が出てしまいそうだった。


   『ドコニモイカナイデ・・・ソバニイテクレ・・・・・』





乾から体を離した海堂はリビングを飛び出した。
玄関のドアに手を掛けた時、乾が後ろから抱きしめた。
海堂を振り向かせた乾は、海堂の唇に自分の想いを重ねた。

最初で最後の口吻は、哀しい別れの味がした・・・・・




ドアを開けた海堂に乾は呟きかけた。


 「・・・ずっと・・・好きだよ・・・・・」


その言葉を背に、海堂はドアを閉めた。





   「ずっと好きだ」


乾はこの言葉で海堂を縛った。
言葉は鎖となって海堂に絡みつき、海堂の心を封じた。


     ダレニモワタサナイ・・・・・

     ドコニモニガサナイ・・・・・


乾は海堂が消えたドアを見つめ、もう一度呟いた・・・





  「ずっと・・・好きだよ・・・・・」






   ◆     ◇     ◆     ◇     ◆






乾がドイツに渡ってから、三ヶ月が過ぎた。
寒い冬がいっそう寒い。
海堂はあまり感情を表に出さない。
無表情というわけではない。
心を許せる相手が少なかったのだ。

そんな海堂も乾の前ではよく微笑っていたし、一緒に出掛ければ楽しそうにしていた。
乾のお陰で海堂は変わっていった。
だが、今はその乾がいない・・・・・
海堂の顔は、今まで見せることのなかった「哀しみ」に満ちていた。


それでも深い哀しみに支配されずにいられたのは、
毎日届く乾からのメールだった。

一日に三通のメール・・・

「おはよう」と「おやすみ」それから「昼休み」
今日あったこと、今からすること、そして海堂を「好きだ」ということ・・・・・

それらは決して返事を求める文面ではなかった。
自分から別れを言いだした海堂が苦しくならない内容だった。

『返事はくれない』とわかっていたから・・・・・



海堂は、朝と夜にパソコンの前に座ることが日課になっていた。
乾の〈言葉〉に微笑って、泣いて・・・
返すことの出来ない〈言葉〉を呟いていた。
全て保存しているメールは、もう何通になるのだろうか・・・・・



ひんやりと冷たいディスプレイに映る


   (好きだよ)


の〈言葉〉にふれた海堂は、


 「オレも好きだ・・・・・」


乾に想いを馳せていた。