ショート   3作品                   Back   Home



●『僕らの熱中症』  (2007.08.15)

 容赦ない熱を浴びせる太陽の光を遮断してくれそうな雲がひとつも見あたらない。

元気にしているのは、黄色い花びらに眩い光が反射して鮮やかに色が映る向日葵

くらいだ。

 母が、お前はいつも元気だと言うけれど、さすがにこの夏は外で遊ぶのはつらい。

 ということで僕は眼鏡を買っていた。なけなしの三十円で。

 友達の優君が、僕より先に鉄橋を越えた。そのため僕と、りく君は、優君に二百円づつ

渡すことになってしまった。今の僕には手持ちがないから、約束手形を切るしかない。

赤紙だけは絶対に貰いたくない。

 なぜ僕が借金を背負うまでになってしまったかというと、これまで散々ひどい目に遭ってきた

からだ。

 軽い追突事故を起こしただけなのに、相手が悪い人だったため入院費をたかられたり、

飼っていた犬が人を咬み、慰謝料を請求されたあげく愛犬は保健所に連れて行かれてしまった。

 さらに、やっとのことで建てた一戸建は一夜にして灰になり、挙げ句の果てに強い霊能力を持つ

という人から高額の壺を買わされてしまうなど、これまでに散々と不幸が続いた。

 そうこうしているうちに、優君が越境を越えてブラジルに入った。優君は、リオのカニーバルを

余裕で楽しんだり、持っていた株が上昇して大儲けしたりと、僕の人生とはまったく逆だった。

 優君から「仕返し」として千円の支払いを求められたところで僕は半泣き状態になり、持ち金を

優君に投げつけようと思っていたら、母さんが「はい、ジュースとおやつ。ここ置いておくわね」と

言いながら、エアコンの効いた僕の部屋を覗きに来た。

 僕は、大負けしている悔しさのあまりに、冷えたオレンジジュースを一気に飲み干した。

 母さん曰く、「仲良く遊んでるわね。人生ゲームね。ボードゲームで楽しめるなんて、子供は

無邪気でいいわね」と嬉しそうに微笑んでいるが、人生ゲームのお金が、百分の一のレートの

現金として水面下で動いていることを、母さんは知らない。


<おわり>



●『闇鍋占い』  (2007.08.18)

 耐震強度に問題があると噂がある老舗デパートで、半額値札の付いたサンダルを買い、地下へと

降りた。兼ねてから行こうと思っていた「占いの館」はファーストフードの隣にあった。

 ちっぽけな箱のような作りの店で、よく当たるという割にはまったく繁盛してなさそうなのが何とも

胡散臭さを感じさせる。

 せっかく来たのだから無駄遣いを覚悟の上で天幕を分けた。

 布で覆われた小さなテーブルの向こうに、初老のおばさんが座っていて「いらっしゃいませ」と声を

かけてくる。室内の明かりが薄暗い紫のためか、おばさんの顔はやたらと不健康そうに見える。

 二千円を渡すと、おばさんは足下に隠してあった鍋をテーブルの上に乗せた。

「この鍋は闇鍋でな、お嬢さんの心を見ることが出来るだに」と、方言丸出しのおばさんは、静岡弁

なまりをまったく気にしてないようだ。

「ではさっそく」と言って、おばさんは鍋を覗き込む。鍋には水が張ってある。水面に映像が写し出されて

くるのだろうか?

 様子をうかがっていると、おばさんは「きただに。見えてきただよ。夏休みだに。高いところを飛んで

るだや。おみゃーさん、ヘリコプター乗ってるだに。東京の上空だに。彼氏とデートだに。彼氏の、

下半身の操縦桿にぎっとるだに」と言って、私の思い出したくない過去を暴いた。

「おみゃあさんはかなりのスケベだに。男なら誰でもいいみたいだに。お金の執着も強いだに。性格も

ひねくれてるだに。嘘もよく付くだに」

 私が隠している心の闇を、その鍋ははっきりと写し出したようで、おばさんの言うことは間違いなく

当たっていた。

「どうだに。この鍋、すごいだや?」と言うので、

 おばさんに「じゃあ、私の将来を占って下さい」とお願いしてみた。

 するとおばさんは、少し威張った口調で「未来は占わないだに。それよか他人の恥部を覗いた方が

楽しいだに」と、薄笑みを浮かべて言った。

 私は二度とこの店には来ないと思ったので、おばさんにさりげなく言葉を返した。

「その鍋は闇鍋じゃなくて、おばさんの醜い心が産み出した『病み鍋』だよ」ってね。


 〈了〉



●『支配者』 (2007.09.22)

 折角、この星に水と緑と空気の循環システムを構築し、自然の豊かさとエネルギーの恵みを

全ての生物に与えたものを、エゴと欲望に駆られた人間どもときたら「進化だ、進歩だ、発展だ」と

のたうち回り、経済活動を優先させ自然環境を破壊し、共存するべき他の生物を絶滅に追い込み、

さらには太陽系、果ては銀河系までにも多大な影響を与えるようになってしまった。

 まあ、数十年もすればダイソン球の様に包まれているオゾン層が崩壊し、人間が住める星としては

存続していないのだから、せめてこれからは人間達には宇宙空間を少しでも汚さないで頂きたい

ものだ。

 そうそう、とても偉そうなことを言っている私だが、実は私は「天之御中主神」と呼ばれていて、

古事記に一番最初に名前が記されている、知る人ぞ知る有名な神様だ。

 もし、人間どもがロケットに放射性廃棄物を積み込み、宇宙へ投棄しようものなら、粒子加速器の

実験のごとく地球と火星を衝突させ、擬似ビッグバンで得られる高エネルギーを利用して新らたな

星を創り出すことも視野に入れている。

 これまでに数多くの星を創ってきたが、これほどまでに完成度の高い星はなかった。芸術的な地球を

破滅させるのはとても残念なことであるが、しかし人間の破壊行動には目に余る物があるから、私は

既に決心している。

 人間どもが私の行動を止めさせようとしても、私が人間を支配し、地球の運命を握っているのは

間違いない事実であって、古事記をこよなく愛読しているのも事実であって、畳に生えているマジック

マッシュルームを炒めて食べると美味しいのもこれまた事実であって、裏庭で猫が「みゃあ」と鳴いたのも、

田中さんがスーパーで万引きしたのも事実だから、私が神であることは間違いない事実であって、

事実と妄想と真実と虚像と幻覚と現実の境界が分からなくなっているのもこれまた事実であるから、

「誰か、助けて……。」



 (了)