『人類進化分岐点』
          
2005.1.23


 正月明けの昼下がり。僕はトレーナー姿にリュックを背負う人たちと同化していた。

ゲームソフトをラジオ会館で買い、平和ボケした人の波を押しのけ地下鉄秋葉原駅に向った。


 駅の窓口で冗談半分に「逃避から抜け出して現実がみえるところに行ってみたい」と

話しかけると、駅員は一番下の引出しから切符を取り出し

「たまにそういう人いるんだよね。6番線から未来線平和行きの電車が来るから」と言って

660円を要求した。


 駅員は手招きしながら職員用のトイレに案内し、一番奥のトイレに入るよう指示される。

ドアを開けたら地下に向かう階段があった。そして一歩足を踏み入れた瞬間、

外側から鍵をかけられてしまった。仕方なく薄暗い階段を下りていくと小さなプラットホームに辿り着く。

『未来線が密かに開通していたのか?』などと考えながら誰も居ないホームで

立ち尽くしていると、数分後『平和行き』と表示された電車が爆音とともに急停車した。


 電車は2両しかない。ボディー全体が白色で真中に大きな赤い丸が描かれている。

車輪や車体周囲にはエレクトリカル・パレードを思わせるような電飾が飾られていて、

まるで一年中お祭り騒ぎしムダにエネルギーを消費している今の日本を象徴するような電車にみえた。

 目の前に止まった2両目に乗り込むと壁は赤と白の太い横線が交互に引かれ

とてもオメデタそうだ。

青地に小さな白い星の模様がデザインされたベンチ型シートに座り周囲を見まわすと

内装にも電飾が飾り付けられピカピカと光っている。

「未来線平和行き、発車しまーす」と車内アナウンスが流れ、電車はゆっくり加速しながら走り出す。

「次はしんりゃく〜。しんりゃく〜。先制攻撃を仕掛けますのでどちら様もお気を付け下さい」と

アナウンスが流れる。車内には僕以外に10人程先客がいた。

顔付きから判断するとみな国籍は違うようで、だけど全員がアーミー服を着て機関銃を抱えている。



 数分後、電車は地下を抜け地上に出た。眩しい光とともに窓の外に視界が広がる。

そして目に飛びこんできたのは焼け野原の大地とボロ服を着て石を投げつける人達、

それと放置された死体の山だった。

直後、アーミー服を着た彼らは窓から機関銃を出して一斉に発砲を開始した。

 僕は思わず近くに居た『平和維持し隊』の腕章を付けた青年に

『何をしているのか? この電車はどこに向かっているのか?』を尋ねてみた。

すると青年は発砲を続けながら

「見れば分かるだろ。この電車は平和な未来に向かっているんだ」と薄笑みを浮かべて答えた。

『これが平和? これが未来なのか?』とさらに質問を続けると、

面倒くさそうに「俺にも分からん。運転手に聞いてくれ」とそっけない返事が返ってきた。



 電車は地上に出てからスピードを上げている。このまま加速すれば脱線するんじゃないかと思う程だ。

だがカーブに差し掛かったところで前方を覗き見ると電車が進む先にレールが無いことに気付いた。

どうやら平和行きの電車は途中で脱線したようだ。


 暴走を止めさせるために運転席へ向かう。先頭車両には誰ひとりも乗っていない。

運転席のドアを無理やりこじ開けると、そこにはスーツを着た金髪で体格のよい男が

一人で運転していた。運転手にスピードを落すようお願いをしたがまったく反応がない。

 暴走する電車は目の前に立ちはだかる人々を容赦なく跳ね飛ばし進んでいた。

無残な光景に思わず運転手の腕をつかんで引っ張ると、運転手は椅子から転げ落ちた。

どうやらこの電車は自動運転で動いているらしい。



 僕は何ら成す術なく元の席に戻った。すると平和維持し隊の彼らは破壊することに

快楽を見出したようで窓から身を乗り出し手榴弾を投げて喜んでいる。

次は小型ミサイルを発射しそうなくらい彼らは興奮していた。

 青年の隣に座り、買ってきたゲームソフトの包装を破りながら『これが現実なのか』と

ため息を漏らすと涙がじんわりと溢れ、アニメ主人公の顔がぼやけて見えた。

この電車がどこに向かっているのか一生懸命考えてみたが、おつむがゲーム脳になっていた

僕の頭では平和には向かっていないことくらいしか理解できなかった。



……それから数時間後。

 転がっている運転手だった操り人形を退かし、僕は運転席に座っていた。

電車を手動運転に切り替えて2両目を切り離し、

未来線のレールを探しにひとりで向かっている。

平和行き電車が来るのを待ちわびている人々を探しながら。

 心残りは切り離した2両目のこと。彼らのためにと、ゲームソフトを青年にプレゼントした。

『仮想現実に興味を示し、悲惨な現実から逃避できますように』との願いを込めて渡した。


(了)




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