「フェアリー」  〜 幻想世界の物語 〜      第5章へ   Back   Home


第4章  〜 封印 〜                         2003.5.20


その日の昼休み、いつもの社員食堂でのこと。
先輩達には今回の体験を、疲れて変な夢を見ていた、と話をごまかすことにした。
そして、今回体験した全てを心の奥に仕舞込み、封印することにした。 


「冬美。どう、元気になった?」

「あっ、先輩。ご迷惑をおかけしました」

「それでどうなの? 妖精とか、悪魔はまだ見えるの」

「ヤダな、先輩。そんなのいる訳ないじゃないですか」

「そうよね(笑)。正気に戻ったみたいね。そう言えばアンタ、神様になったのよね」

「あははっ。先輩、なにバカなこと言ってるんですか? ワタシが神様の訳ないじゃないですか」

「アンタねぇ、ワタシ達がこんなに心配しているのに、バカ呼ばわりはないんじゃないの?」

「そ、そうですよね。ごめんなさい。それから、昨日はみなさん、ありがとうございました」

「そうよ、アンタが変なこと言い出すから、忙しいのにわざわざ仕事休んだんだからね。
 少しは感謝しなさいよ」

「優奈、なに言ってるの。午後の仕事って、会社のパソコンを使ってインターネットで
 遊んでるだけでしょ?」

「まぁ、確かにそうだけど・・・」

「あの、先輩。夕食まで用意して頂き、本当に感謝してます」

「で、どうなのよ。もう、変わったこととか、変な話とか本当にないんでしょうね?」

「あははっ。それが、ワタシは天使・・・(あっ、いけない)」

「えっ、なに? 今度は天使にでもなったの?」

「ち、違うんですよ先輩。今日ですね、天使のブラを着けてきたんです」

「あっ、そっ。どれどれ、見せて?」

「ああ、これね。なかなか素敵じゃない。でも、アンタじゃなにを着けても乳バンドね」

「もう、秋穂先輩ったら、いくらなんでも乳バンドは・・・・・」

「アンタ、なにムキになってるの?」

「あっ、いつものイジメか・・・あはっ」

「でもほんと、元気になって良かったわね」

「心配したのよ。冬美が会社を辞めちゃったら、ワタシ達困っちゃうんだから」

「えっ、ワタシって先輩達にとってそんなに重要だったんですか?」

「そうに決まってるじゃない。使いっ走りがいなくなると困るのよ。
 それにワタシ達、アンタをイジメるのが生きがいなのよ」

「・・・・・・・はぁ。やっぱり病気の振りをしていた方がいいのかな・・・」


その日の夜、冬美は再びフェアリーが現れるのを待っていたが、この日を境に
あの不思議な世界感やフェアリーは姿を見せなくなり、元の何気ない普段の生活に戻っていた。

だが、あの体験以降、他人の心や芸術作品に描かれている意味、神話やたとえ話、童話などに
込められた意味が、それとなく理解できる不思議な能力が備わっていることに気付き始めていた。


「ねえ、先輩。森のクマさん、っていう歌知ってますよね?」

「あれでしょ? ♪あるぅ日 森の中 クマさんに 出逢った♪」

「そうそう。その歌です」

「それが、どうしたの?」

「その歌の意味、知ってます?」

「アンタ、ばっかじゃない? いい年して何が森のクマさんよ・・・」

「先輩、いいから聞いて下さい。あの歌には、こんな意味が隠されているんですよ」

「だから、なによ。早くして忙しいんだから・・・」

「森がですね、心の奥深くの精神世界だと想定してみて下さい」

「また、心の世界の話し? アンタも好きね。精神科医にでもなったら?」

「それでですね、クマは悪魔なんですよ」

「はぁ? アンタね、そんな変な解釈ばっかりして、一体なに考えてるの?
 そんなことどうでもいいから、早く仕事しなさい」

「あの歌にはですね、自分の心を失いかけ、精神世界に紛れ込んでしまった女の子が、
 そこで悪魔に出逢い、悪魔に助けられた歌なんですよ。
 悪魔って本当はとても優しいんですよ。そしてその人が、お礼として体験談を
 たとえにした歌詞を作り、森のクマさんの歌が出来たんです」


「はい、はい。今日の戯言は終わりました?」

「もう、先輩ったら・・・。全然聞いてくれないんだから」

「あっ、ワタシ何となくその解釈納得できる。
 ファンタジー童話とか、おとぎ話とか、神話って訳わかんなくて現実離れしているけど、
 どの話の構成も基本的に似てるわよね」

「優奈先輩。分かってくれるんですか?」

「でも、だからそれが何だって言うの?」

「まぁ、それはそうなんですが・・・・・・。ワタシも童話とか作ってみようかなって。
 あっ、それと、この前マルク・シャガール展に行って来たんですけど、今度先輩達に
 絵に込められた意味を教えてあげますね」


「あのね、ワタクシ達、絵とか、文学とかに全然興味がないの。
 それより、格好いい男にモテるための方法か、楽してお金が儲かる方法を伝授してよ」

「先輩達って・・・・・・。そんなことばかりにしか興味ないんですか?」

「うるさいわね。アンタ、最近生意気よ。とっとと、お弁当の買い出しに行って来なさい」

「はい。わたくし冬美、先輩達の使いっ走りとして、一生懸命働かせて頂きまーす」

「はい、10円。お釣りは全部あげるから」

「秋穂せんぱーい。10円ではお弁当買えないんですけど・・・」

「いいから、買ってきなさい。先輩命令です」

「先輩命令、って言われても・・・」

(はぁ、今日もイジメ、明日もイジメか・・・。何だかたくさんイジメられて、未来に備えて
 打たれ強くなる修行でもさせられているのかな?)


「アンタ、まだいたの?」

「あっ、はい。今すぐ行ってきまーす」

2次元の不思議な体験をしてから1年半の歳月が流れ、こんな平凡な日常が毎日
繰り返されていたが、冬美は気が付かぬうちに回りの人達に精神を鍛えられ、
普通の人には理解できない特別な能力が、少しずつ開花していた。

毎日が忙しく、フェアリーと出逢ったこともすでに忘れかけ、もう2度と会うことはないと思っていた。
だが、その年の5月のこと。
フェアリーが再び舞い降りてきて、新たな旅が始まろうとしていた。  


「第4章」 終わり / 〜 always 〜  倉木麻衣

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