チャレンジカップ参加作品
『獄立死神学園』
「はーい、皆さんそれでは授業を始めますからね、ハイ、日直さん」
休み時間の余韻に浸る生徒たちのひとりが号令をかける。
「起立――礼――、殺戮」
生徒たちは号令とともに懐から大小様々な蜥蜴を取り出し頭をちょん切るとその
生き血をグラスへと注いだ。
これは教師へ対する最高の礼を表す行為であり授業開始の挨拶である。
「はーい、皆さんいい挨拶でしたね、グラスの生き血はあとで回収しますんで
こぼれないようにラップして置いておいてくださいね。ラップしないと固まっちゃいます
からね。」
生徒たちは手際よくグラスにラップをかけている。それを尻目に黒板に教師が
二文字の言葉を書きなぐった。
『不運』
「はーい、注目、今日は『不運』の実習を行います。皆さんはもう、3年生です、
もうすぐこの学園を卒業して新米の死神として巣立っていくわけですがまだまだ
死神として未就学の皆さんは大きな力を持つことが出来ません、よって皆さんの
仕事の多くはこの『不運』で行うことになります。じゃあ、そこの君、『不運』とは
どういった手法かね?」
「はい、生活の中の歯車をすこし狂わすことでその人の運気を下げ死に至らしめる
手法です。」
「そうですね、バナナを踏んで転んで、石に頭をぶつけて死ぬなんてのが『不運』の
代表例ですね。とてもすくないカルマでも人を殺すことは出来るんですね。はい、じゃ、
今日の実習で使うプリントを回してください。」
プリントを肩越しにまわしながらふざけあっている生徒たち――その刹那……
『ガッシャーン』
教室に緊張がはしる。
「せ、先生、すいません!」
一人の生徒が生き血の入ったグラスを落として割ってしまったのだ。
「わしの晩飯に何してくれとんじゃい」
鮮やかな緑の光線が一人の生徒を貫く。
目から怪光線、ルシフェルの得意技だ。
「うぎゃ」
情けない声を上げひとりの生徒が消滅した。
「はーい、皆さん気をつけてくださいね。未然に机の真ん中にグラスを置いておけば
こんなことにはならなかったんですけどね。まさに『不運』でしたね。はーいプリントは
いきわたりましたか?」
「じゃ、内容を説明しますね。今日はこの実験体を皆さんの『不運』の能力で
殺してもらいます。彼は青年実業家ですね、えーと未婚ですか。細かいプロフィールは
よく読んでくださいね。いろんなヒントが隠されてますからね。じゃあ早速そこの君。」
「ハイ、先生、彼は毎日マイカーで通勤をしているという情報です。交通事故死は
年間7千人もの死者を出しています。その多くは『不運』によるものです。なので彼の
車に細工をしてみました。」
「どんな細工かね?」
「はい、コーヒーが運転中にこぼれるようにドリンクホルダーのねじを緩めます。」
「なるほど、じゃあ、やってもらいましょうかね。じゃいつものように下界監視
カメラで様子を見てみましょうかね。」
――ぼくは疲れていた。青年実業家という肩書きはいかにも聞こえはいいが、
実際のところ営業も仕入れも経理もひとりでこなさなければならない何でも屋だ。
家路へと続く街頭が規則的な刺激を脳にあたえ、思考の停止をうながし眠気を
助長する。ぼくは眠気を覚ます為ブラックの缶コーヒーに手を伸ばした。
「あ!」
缶を取ろうとした瞬間、ホルダーがはずれた。香ばしいかおりとともに白い
マットに黒々としたしみが広がる。まもなく内容物をすべて出しつくし軽くなった
缶は足元を転がり始めた。
「なんてついてないんだ・・・」
缶を拾う為、車を止めようとブレーキを踏もうとしたとき……
「ガキッ」
金属のつぶれる音、ブレーキがきかない。一瞬足元にいった視線を上へと
戻したそのとき、目の前に壁が――強い衝撃とともにぼくの意識は遠のく……
「おっしゃー、いけー」
教室中はW杯の決勝でも見ているような盛り上がりだ。
「はーい、皆さん静粛に、早速ニュース速報が届いてますから、読み上げますね。
えーと、今日、未明、帰宅途中の青年実業家が事故と……幸い怪我の程度は
軽く全治1週間と・・・」
「えーーー」
教室には落胆のため息が広がる。
「はーい、残念でしたね着眼点はよかったんですけどね、先生の手元の
データによると10年前の平成9年の交通事故による死者数が9640人に
対し去年が6871人と28%も減少してるんですね。車の安全性の向上と
ともにこのパターンの『不運』で殺せる確率は下がってるんですね。
覚えとくように。さ、次の人。」
「はい、先生、ぼくは年々増加している自殺者数に目をつけました。自殺者
数は昨年32552名と交通事故者の実に5倍近くになります。10年前に
比べ40%も増加しています。ぼくは彼を自殺に追い込もうと思います。」
「はい、なかなかいい着眼点ですね。じゃあどうやって彼を自殺に追い
込むのかな」
「はい、最近経営者による自殺がよく目に付きますが、昔は経営不振や
破産など自己の責任によるものがほとんどでしたが近年、消費期限の
改算や原材料を偽った製造などの不正行為が露呈したことによる、道徳的、
社会的責任感からの精神的苦痛が原因の自殺がふえています。この
資料によると、彼が手がける事業の一つに名古屋コーチンを使った加工
食品事業があります。どうもこの原材料が廃鶏を使った偽造商品である
ことがわかりました。これを密告しておきました。」
「なるほど、これはなかなか、新しい手法ですね。じゃ、早速見てみましょう」
――ぼくは、もう5日間も死に場所を探していた。最初は自分の事務所のある
屋上で飛び降りようとした。首をつろうと森をさまよった。でも、死ねなかった。
その勇気がなかった。なぜ偽装がばれたんだろう……。
いまぼくは快速急行の行きかう踏み切りの前に立っていた。もう2時間以上も
こうしてたたずんでいる。次の快速がきたら飛び込もう……列車が近づいた
ことを告げる警笛が響き始めた。よし、この電車だ。ぼくは覚悟を決めた。遮断
機がしまりいよいよ電車が近づいてくる。ぼくは遮断機を勢いよく潜った……
教室では生徒たちが固唾を飲んで見守っている。
「はーい、皆さん、そろそろニュース速報が入ってもいいところなのですが、
使い魔さんの報告によると、彼はまだ踏み切りでたたずんだままみたいですね。
なかなか自分で死ぬ勇気は人にはないもんですね。ま、未遂ですね。
じゃあ次の人」
「はい、先生、ぼくは日本のサブカルチャーの研究をいているのですが、
人の死の場面を実に感動的に演出しています。ある野球漫画で双子の
主人公が子供を助けて死ぬシーン。あれは感涙でした。そこでこの踏み切りで
そのシーンを再現したいと思います。」
――こうして何時間踏み切りにたっていただろうか、やっぱり死ぬのは怖い。
勇気が出ない。
「かっちゃーん」
踏み切りの反対側から母親のわが子を呼ぶ悲痛な叫び声が聞こえてきた。
ボールをとりに子供が踏み切り内に入ってしまったのだ。
既に電車が迫ってきている。ぼくは反射的に線路内に飛び込んだ。子供を
跳ね除けると目の前にはすでに……
群集の悲鳴、救急車のサイレン、いろんな音に混ざりぼくの人生が走馬灯の
ように頭を駆け巡る。死ぬんだ・・・
「はーい、皆さんニュース速報です。彼死んだみたいですね。感動的な最後
でしたね。彼の幸せそうな死に顔を見て下さい。人助けをしたことに未練は
ないのでしょうね。ウソみたいだろ、死んでるんだぜそれ。」
教室中にすすりなく声が聞こえる。
「はーい、皆さん今日はいい実習でしたね。先生も涙が止まりません。皆さんの
仕事は未来ある尊い命を奪うのです。ですから一つ一つの命の重みを考え
意味のある死を与えてくださいね。じゃ、彼の勇気をたたえ先生があとで生き
かえらしときます。スイマセンね、ちょっと字数オーバーしちゃいましたね。
引き続き2時間目は『呪』の実習ですからね、はーい、日直さん」
完
著作:とかげのしっぽ