第八話 『絆』-resonance infinity-
部屋の中は整然としていて生活臭は感じられなかった。見覚えのある機械、ベッド、机と椅子、そして・・・・見覚えのある、捜し求めていた少女の姿。
『ルチーナ!!!』
プルツーはベッドの上に座っている少女に向かって叫んでいた。
『・・・・・誰?』
ルチーナと呼ばれたその少女は不審な面持ちでプルツーの方に顔をむけた。
『私だ!プルツーだ!!』
『え!?・・・プルツー・・?どうして・・・?』
どうしてここにいるの?そう聞きたいのだろう。プルツーと確認できて、ルチーナの緊張は幾分和らいだようだった。
『助けに来たに決まってるだろ!早くここから脱出しよう!』
そう言ってプルツーは足早にルチーナに近づくと、その手をとった。握ったその手はひどく冷たく感じられる。
『え?で、でも・・・』
ルチーナは困惑した表情をプルツーに向けた。
『私、ここがどこだかもわからないの。気がついたらこのベッドの上で・・・。確かプルツーと一緒にサイド間の定期船に乗ってたと思ったんだけど・・・』
『・・・それは・・・・』
(私と違って記憶は確かなみたいだ。・・・でも、記憶が5年前で止まっている。ということは、やはり・・・。)
プルツーは再び部屋の片隅にある機械に目を向けた。
『コールドスリープシステム・・・・か』
プルツーは小さいがしっかりとした口調でそう呟いた。
『プルツー?』
ルチーナはそんなプルツーの様子を見て、ひどく不安になった。
『ルチーナ・・・、あの日あたし達はヌーベルエゥーゴっていうテロリスト連中に捕まったんだ。ここは・・・そいつらの船だ。』
プルツーは困惑してるルチーナにわかりやすいように意識的にゆっくりと喋った。
『え!!?・・・じゃあ私は・・。』
『あの日は・・・信じられないと思うけど今から5年も前の話なんだ。ルチーナはそこにある機械でずっと眠らされていたんだ・・、私と同じに。』
『そんな・・・。じゃあどうしてプルツーは・・・・・・。!?それ、ネオジオンのパイロットスーツじゃない? なんでプルツーはそれを着ているの?』
ルチーナは嫌な予感がした。さっきからプルツーの表情や振る舞いが以前の好戦的な戦士だったころのそれに酷似している。彼女が右手に持っている銃が余計にルチーナの不安を助長させた。
『うん・・・。ルチーナの想像通りだ。私は今ネオジオンの兵士として戦っている。だから・・・すぐに戦闘空域に戻らなきゃならない。時間がないんだ。』
『どうして?プルツーが戦う必要なんてないわ。戦争なんてやめよう?父さんのいるコロニーに帰ろう?きっと心配してるよ・・・。』
『それは・・・・できない。』
『なぜ?』
ルチーナがプルツーに詰問する。
プルツーは少しの沈黙の後、口を開いて一言
『罪ほろぼしなんだ・・・・・・。』
そう言った。
『罪ほろぼし・・・?』
ルチーナには何のことかわからなかった。
『グレミーを裏切って・・・、生き延びて・・・平穏に暮らして・・・。でもいつも不安だった。グレミーの声が・・・鳴り止むことなんてなかった。なかったんだ!!私が・・・私がグレミーを見捨てたから。目の前でジュドーの側に行ったから。私は生来ネオジオンの、いやグレミーの兵士だったはずなのに・・・。だからせめて今、最後のネオジオンのために戦いたいんだ。それに・・今の連邦は腐る一方だ。シャアが起こした第2次ネオジオン抗争がさらに状況を悪化させた。それが今のヌーベルエゥーゴを呼び寄せた。このままじゃスペースノイドもアースノイドも共に滅んでしまう。なんとかしないと・・・・。皆が待ってる!』
『・・・・・・・皆?』
『ス・・・妹達が今も戦ってる。とにかく、早くここから出るんだ!!』
そう怒鳴ると、プルツーはルチーナの手を強引に引っ張っていた。
『え・・・・』
ルチーナは驚いたように固まってそこから動こうとしない。
『あ・・・・・』
ルチーナの表情が強張っているのに気づいて、プルツーはどうしていいかわからなくなった。
一瞬の沈黙。それを破ったのはルチーナだった。
『くすッ』
ルチーナは突然、笑みをこぼした。
『・・・?ルチーナ・・?』
プルツーは戸惑う。
『ううん、何でもない。ただ昔も同じようなことがあったなあって。』
『そう・・・・だっけ?』
プルツーには何も思い浮かばなかった。
『うん。閉じ込められてた私の前に銃を持ってプルツーが入ってきて、私だけ逃がしてくれたよね?』
それは遠い過去の記憶に思えた。
『あ、あれは・・・』
『プルツーの言うこと、信じるよ。なんとなくわかるから。だってこんなに真剣なプルツー、初めて見たもの。』
『ルチーナ・・・・』
ドオォォォォォォ・・・・・ン ズズズ・・・ン
突然の衝撃。艦内が揺れる。外では、ネオジオン艦隊とベクトラがアウーラのバリアを破って大破させるのに成功していた。
『!!プルツー!?』
突然の震動に驚いたルチーナはプルツーにしがみついた。
『る、ルチーナ、大丈夫か!?』
プルツーはルチーナの肩を掴んで、震動が収まるまで静止していた。
時間にして1分経っていない。
『・・・・おさまったみたい・・。』
ルチーナが顔を上げる。
『外で何かあったな・・・・。今の衝撃でおそらくこの艦は相当な被害を受けたはずだ。』
『どうするの?』
『ここは危険なみたいだ。急ごう、ルチーナ!!』
(クィンマンサをこの宙域に戻さないと・・・・)
プルツーはサイコミュコントローラーで暗礁空域に潜ませていたクィンマンサを操りながら、この艦からの脱出を急いだ。
一方、外の宙域では続けざまにアウーラへの攻撃がなされていた。
『アウーラ大破!!』
レウルーラのブリッジ要員が叫ぶ。
『!! アウーラに接舷しろ!!メイファ様を救い出せ!』
ハウエルは未だにメイファがアウーラ内にいると信じていた。ましてやプルツーがそこにいるなどとは思いもよらなかった。
『ハウエル艦長!』
その声とほぼ同時に連邦のジェガン部隊の攻撃がレウルーラを襲った。ブリッジは外れたものの衝撃が艦全体を揺らす。明らかに戦闘に支障をきたすレベルの損壊だった。
『クッ、被害状況を伝えろ!!』
『メインエンジン出力30%低下!誘爆の危険性は見られません!!死傷者の有無は不明!』
『よし・・・・、ひるむな!MSに本艦を護衛させろ!』
『了解!!』
アウーラ内通路
『ここもさっきの爆発で通れないか・・・・。』
プルツーが入ってきたハッチへの通路は固く閉ざされていた。先程の損壊の影響だろう。
『どうするの、プルツー?』
『仕方がないな。別の出口を探そう。最悪の場合はクィンマンサのビームサーベルで出口を作らせる。』
『強引ね・・・』
ルチーナは苦笑した。
その時。
『・・・・!!?誰か来る!』
プルツーは素早く銃を構えた。ルチーナと握り合っていた手の力を強める。汗ばんだ感じがしたが不思議と不快感はなかった。
『やっと見つけた〜!!ツー姉さん!』
瞬間、すぐ後ろから声がした。
『・・・・・なんだセブンか。』
プルツーはホッと胸を撫で下ろすと、銃を下ろした。
『なんだとはご挨拶ね。探してたんですよ。私はフォウ姉さんと違って人を感じるのはそんなに得意じゃないんだから〜。』
『そうだったな・・・。でもどうしてここに?』
『スリー姉さんに言われて、ツー姉さんの助けに来たの!ここは危険だから早く脱出しないと。とにかく出口はこっちです!』
プルセブンは自分が来た方向を指して言った。
『この娘が・・・プルツーの妹さん?』
ルチーナがプルセブンの正面に立つ。
『初めまして、ルチーナ様。貴方のことはかねがねツー姉さんからうかがってますよ。無事で本当によかった・・・、と話はここを脱出してから!いつ次の爆発が起こるかわかりません、急ぎましょう!!』
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『外の状況はどうなってるんだ?』
セブンの先導に従いながらプルツーが尋ねる。
『さっきの衝撃はアウーラがレウルーラとベクトラの攻撃をうけたからです。一時的にですがアウーラのバリアが過負荷にたえきれず消失しました。現在は再び稼動しているはずです。だから脱出にはツー姉さんのクィンマンサが欠かせませんよ。』
『わかってる。近くの宙域まで動かしている。セブンのキュベレイはどうしたんだ?』
『アウーラにはり付いてますよ。さっきバリアが消えたときに潜りこんだんです。・・・・と、ここです。』
プルツー達はプルセブンが入ってきたハッチから宇宙空間に出た。既にクィンマンサはバリアを破って目の前に待機させてある。プルセブンのキュベレイもそれに隣接している。プルセブンはキュベレイに、プルツーとルチーナはクィンマンサに即座に搭乗した。
『ルチーナはここに座って。危険だからしっかりと捕まってて。』
『わかったわ。MSに乗るなんてプルツーに連れ去られた時以来ね。』
『そ、そうだな・・・・。と、とにかく行くよ!!』
プルツーはクィンマンサのテールノズルをふかすとIフィールドジェネレーターを全開にしてバリアを突き抜けた。セブンのキュベレイはぴったりと後ろに付いている。
プルツー達がアウーラから脱出するのとほぼ同時・・・・
『ん?オープンチャンネル・・・・なんだ?』
クィンマンサだけではない。キュベレイにも、おそらくこの戦闘宙域全体に開いている。
−『ネオジオンの名の下に戦闘に参加している全ての人々へ・・・・・』−
時代が、動く。
『!!?・・・・メイファの声!!』
回線から聞こえた声は、まぎれもない、久しく聞いてなかったメイファ=ギルボードのものだった。