AIR考察

これはネタバレを前提にした考察ですので未プレイの方は読まないことをお薦めします。読んでも苦情は受け付けません。



というわけでたまにはマトモな考察をしてみることにしてみました。
 このAIRという作品は前作Kanonに比べて設定上さらに現実離れしている感がつよく、良く言えば壮大な話、悪く言えばわけがわからない(笑)話になっています。特にラストについては様々な解釈のしようがあり、また大団円とは極めて受け取りにくいので、Kanonの真琴シナリオが納得できない方やハッピーエンド至上主義者、はたまた観鈴萌え〜な方にはけっこう辛い話だと思われます。でとりあえず何とか明るい方向に考えることはできないものかと考えてみたのですが、その前に物語上わかりにくいところを自分なりの解釈で説明してみます。




サブタイトル


ゲームを進めていけばわかると思いますが、このゲームはDREAM、SUMMER、AIRの三部で構成されています。で初めはDREAMしかできないわけで、3人のヒロインの話を終わらせることで初めてSUMMER、すなわち過去編に進むことができます。で気になるのはDREAMというサブタイトルです。当然夢という意味なんでしょうが作中ではこの単語は度々重要な意味を持って登場してきます。翼人は夢を継ぐ者、そして夢と記憶は同義であるということから、おそらくDREAM編というのは空の少女が繰り返し見る夢の一つであり、翼人の夢のかけら=輝く羽に秘められた哀しい記憶を幸せな記憶に書き換え、空にいる少女に届けるという意味合いを持っていると思われます。少なくとも佳乃シナリオと美凪シナリオにおいてはそれが成功したものと思われます。ただこれだけでは少女を哀しい記憶の呪縛から解放することはできず、観鈴編では悲しい夢のままであったのを、AIR編への道を生み出す、すなわち夢の繰り返しから脱却することだけを可能にしたということでしょう。



佳乃シナリオについて


このシナリオはやってみればわかりますが、新人の方がシナリオ担当なのか、これ一つだけが文句なくハッピーエンドと言えるものです。ただ例によって後半の輝く羽の話が初プレイにおいてはわけがわからず、ONEやKanonのようなわけがわからないまま突然ハッピーエンドを迎えるという展開をしています。で結局輝く羽に出てくる白穂と八雲の話はその後のSUMMERやAIRで全く触れられず、かなり謎なままという感じは否めません。とりあえず、この母子は翼人ではなく普通の人間であると思われます。時代的には異国の軍勢が海から攻めてきたものの台風で助かるという話からおそらく元が攻めてきた1274年頃の話だと見ていいでしょう。SUMMERの話が正暦5年、994年ですから100年以上たって神奈を空に縛っている方術が朽ちて以後の話ということになります。この時代においてもみちると同じように輝く羽が地上に降りてくるという現象が起こっていて、本来はその羽に秘められている悲しい記憶を人の幸せな記憶で書き換え、空にいる少女に届け、少しでも救いとなるようにせねばならないのでしょうが、その時代の八雲と白穂ではさらに悲しい記憶を重ねることしかできなかった。そのためその羽は空に還らず、その地の神社に御神体として長らく保管されてきた。それが現代において佳乃がその羽に触れたさい、白穂の記憶が流れ込み、再び悲しい結末を繰り返しそうになるところを往人の力によって防ぎ、幸せな記憶を羽にのせて空に還すことができたと考えられます。ここで問題なのは何故羽が反応したのが佳乃だけかということです。実際姉の聖が先に触ってますし、他の住民も触っている者はいると記されてます。これはおそらく佳乃が白穂の転生体であるためでしょう。輪廻の概念はこのAIRという物語において重要な位置づけにあるわけですし、不自然ではありません。ただ佳乃の、母を失った悲しみに白穂という悲しい母親の記憶を宿している羽が同調したと考えることもできそうですが。一方の往人もこの羽に懐かしさや悲しみを感じていることから八雲の転生体であると考えることもできそうです。でもこれはあまり説得力のある証拠はありませんが。



美凪シナリオについて


このシナリオは最後の選択によって結末が大きく二つに分かれるという今までのKEYスタッフの作品にあまり見られない展開をすることが特徴的です。DREAM編は輝く羽に幸せな記憶を刻むことが目的である以上、美凪と往人が別れるEDの方が真EDのようですが、往人と美凪が共に旅をするEDもまた後述する一つの可能性として意味のあるものと思われます。このシナリオは比較的わけわからない部分が少なく、初プレイでも、みちるという存在が意味するもの以外は理解できるものになっています。「みちる」は美凪の妹の魂が輝く羽と一体化することによって実体化して地上に降りてきた存在と見ていいようです。みちるが思い出がなければ生きることができないと言っていることから、本来生まれる前に死んだので思い出がない「みちる」の魂が輝く羽に司る思い出と合わさることで生まれた存在、すなわち「みちる」の人格は羽に宿っていた記憶が大元を占めていると考えていいでしょう。もっとも美凪の母親と食事するシーンからもわかる通り、彼女が「みちる」であることに変わりはないのですが。わかりやすく言えばみちるはKanonでいうあゆみたいなものでしょーか(苦笑)



SUMMER(過去編)について


DREAMの3人のシナリオが終わることでプレイできるこの過去編ですが、この話によって大抵の謎は明かされます。特に観鈴シナリオにおいて全くもってわからなかった観鈴の身体の異常の理由や往人の一族が方術を使える意味などが重要でしょうか。話的にも戦いが入ったり過去の実際の史実が練りこまれていたりと非常に斬新であり、この話がAIRという作品の壮大さを生み出しているといっても過言ではないでしょう。高野山の火焼や花山法王などの歴史考証はAIRという作品においてあまり重要な意味はなさないのでここでは割愛します。特にここで明かされる謎で重要なのは翼人の呪いについてでしょうか。翼人が受けた呪いは神奈が受けたものとその母親から継いだものの二つが挙げられます。前者は空に封じられ、かつその強力な呪いにより心が壊されてしまうというものです。神奈が悲しい記憶に囚われたままなのが、この「心が壊れた」という意味と思われます。空に縛る呪い自体はおよそ100年で朽ちはて、その魂は輪廻を繰り返すこととなります。一方後者の呪いは翼人に親しくする者がいると、翼人及び親しき者2人とも病んでしまい、最終的に死に到らしめるものです。ここで勘違いしやすいのは、翼人(神奈)の魂が人間に転生するとその少女が早死してしまうのは呪いのせいではなく、過去から連綿と続く膨大な星の記憶を司る翼人の魂の大きさに人という器では耐えきれず、魂を全て注ぎこむと死んでしまうということです。



観鈴編及びAIRについて


観鈴編においては、往人は消滅してしまい、観鈴はとりあえず助かるというラストで終えられています。ところがAIRをプレイすればわかる通り、往人がその全ての力を使って消滅し、なおかつ人形に秘められた代々の人形使いの願いを解放までしてできたことはただ観鈴をわずかながら生き長らえさせるだけにすぎませんでした。が、その後のシナリオを読むとわかるのですが、この往人の犠牲によって翼人の呪いの一つ、翼人に親しくする者がいると共に病んでしまうという呪いが解呪されていることがわかります。何故ならその後親子の絆を結んだ晴子に全く呪いの兆候が見られなかったからです。そして観鈴の具合がわずかながら回復したのは、往人と親しくなったことで病んだ体が解呪により治ったからです。しかし魂の器としての容量不足からの苦しみからは解放されたわけではなく、再び観鈴の容態は悪化します。
 今までの空の少女が輪廻を繰り返してきたのは最後に幸せな記憶を持ったまま死ぬことができなかったためです。それは前述の呪いによって親しい者を作ることができないことに起因しています。実際観鈴が仲良くなりそうになると癇癪を起こしてしまうのは、その人を死に至らしめてしまうのを防ぐため、無意識に行っていることでしょう。しかし、この呪いは往人の犠牲によって解除され、早死してしまうという問題は残っているものの、晴子とそらの力を借りて観鈴は最後を幸せな記憶でゴールすることに成功しました。これは何を意味するのか? ラスト近くで翼人の母(イメージ)が語っているのを見ればわかりますが、翼人は星の記憶を継ぐ者であり、その記憶は幸せでなければなりません。憎しみや悲しい記憶では、星はそれを生み出した自身を悲しみ、全てを無に帰してしまうからです。だから最後の翼人は幸せな記憶を星に返す必要があった。ところが最後の翼人である神奈は呪いによって悲しい記憶に囚われてしまったため、星に記憶を返すことができず、輪廻を余儀なくされた。そして輪廻を繰り返して長い時間が過ぎてついに観鈴が幸せなゴールに辿り着くことができ、さらに「そら」が人々の願いを届けることで、神奈は星に記憶を返すことができた。ここで翼人の母親のイメージが別れを告げていますが、これは神奈の母というよりは過去の翼人全ての記憶の象徴と捉えていいでしょう。翼人の母の「幸せになりなさい」という台詞は神奈が再び転生することを意味しています。
 また、神奈と観鈴の関係ですが、彼女達は全く同じ存在とは言えないでしょう。確かに観鈴は神奈の転生体ではありますが、神奈自身ではありません。それは観鈴がもう一人の自分が今も空にいると感じていることからも明らかでしょう。いうなれば神奈の半身とも言うべき存在でしょうか。実際、観鈴には夢という形で翼人の記憶が少しずつ流れこんでいきます。これは神奈という翼人の膨大な魂が少しずつ入っているわけで、入りきらない部分は以前として空に残っています。つまり観鈴が神奈の転生体であっても神奈は確かに今も空に存在し続けているということになります。わかりやすく言えばエリオル君はクロウ=リードの記憶を受け継いでいる転生体であってもクロウ自身ではないというのと同じでしょーか(苦笑)。「犬夜叉」の桔梗とかごめの関係とも似ているかもしれません。
 神奈が悲しい記憶から解放され、転生できたとしても人間なら早死してしまうのではないかという疑問が残ると思いますが、その点は問題ありません。なぜなら翼人の魂が人の器に入りきらないのは、翼人の膨大な過去の全ての記憶、すなわち星の記憶が存在しているからであり、それを幸せな記憶として星に返すことができれば、その魂の容量は極めて人間のそれに近づくからです。



ラストについて


というわけでAIR最大の謎にして最大の問題点であるラストですが、まず、浜辺で遊んでいる男の子と女の子は柳也と神奈だと思われます。根拠としては、女の子が海の向こうに思いを馳せていること、そして男の子がそれを知っていることです。また前述の通り観鈴と神奈は必ずしも同一の存在ではないので観鈴が同一時間上に存在していても問題はないでしょう。また往人は柳也の子孫にあたりますが、転生であるという証拠は見られないので、この2人は血縁以外特に関係はないものと考えていいでしょう。ただの人間である柳也が何故全てを知っているような素振りを見せるのかは、おそらく神奈の呪いによってこの世を去った彼の魂は、空の神奈の悲しい記憶にずっと囚われていたのだと思われます。輝く羽が魂のありかで、死魂が空の神奈に向かうのは「みちる」で証明済みです。でラストの解釈なのですが、一見これはそらと同じように時間が逆行し、7月17日の時点に戻り、全ての悲しい記憶の呪縛から解放された男の子と女の子は新しい世界にスタートをきり、往人と観鈴は再び悲しい結末を繰り返すというものに思えます。ところがこのラストシーンは私達が知っている「7月17日」と異なる点が2点あります。まず、「そら」がいないこと。もう一つは先に手を振ったのが男の子達ではなく観鈴であるという点です。AIRの冒頭を注意深く見ればわかりますが、この時先に手を振ったのは男の子達の方なのです。これは一体どういうことなのか?結論を言うと、これは我々が知っている「7月17日」ではないということが言えると思います。つまりこれから先起こる物語がDREAMやAIRと同じではないということを暗に示していると思います。AIRの最後の方でそらは観鈴を求めて空に旅立ちました。そして彼女と共に地上に帰ることを切望していました。そのため一見それがラストの男の子と女の子に転生したと解釈できそうですが、前述の点を考慮すると、むしろ往人自身として、観鈴自身として帰って来たと考えることが出来そうです。彼らはそらが往人の記憶を奥底に持っていたように、AIRまでの記憶を持っていると考えられます。さらに言えばこのラストシーンが7月17日であるという確定すらも危ういものとなります。AIRで観鈴が死んだ後に2人が空から戻ってきたとも考えることができそうです。ですが異なる点が2点しかないことから、「7月17日」であるとここでは解釈します。いずれにしてもラストの往人と観鈴は全ての運命から解放された存在であり、この後彼らが紡ぐ物語は誰にも予想できないということでしょう。男の子が言った「彼らには過酷な日々を」という台詞は柳也が神奈の悲しい記憶として知っている「彼ら」のことを指しているものと思われます。元の肉体に囚われているというのはある意味完全な解放とは言えないということかもしれません。「さようなら」というのは神奈と観鈴が別々の存在として違う道を進んでいくのを指しているのでしょう。星の記憶を返すことで大分小さくなった翼人の魂は、人の魂としての観鈴を分化することで、その魂量は人の魂とほぼ同じものになったため神奈は人として完全に転生できたと思われます。「無限の終わりを目指して」というのはおそらくこれが最後の転生という意味でしょう。この作品において転生は神奈やそらなど記憶を子孫に継ぐことができなかった、または志半ばに死んだ者が行ってきたことです。それを終わらせるということは幸せを意味しているということでしょう。
 観鈴編において、他の2人のヒロインのシナリオと決定的に違う点があります。それはED曲が流れた後に物語が続くという点です。これが意味することは、観鈴編はDREAMすなわち翼人の悲しい夢としては往人が消失するところまで続いているが、「観鈴シナリオ」としてはED手前で終わっているということです。初プレイではただの往人の想像と思いますが、この観鈴と2人で浜辺に遊びに行こうとするシーンはAIRのラストの往人と観鈴が紡ぐ物語の結末の一つであるということが言えます。その他佳乃シナリオや美凪の二つの結末もまた、その内の可能性の一つと言えます。こんな感じで解釈すればラストがハッピーエンドととることが可能であると考えます。



その他駄文

結局このAIRという作品ですが、過去編とか輪廻とかはけっこう「久遠の絆」や「痕」や「ゼノギアス」を彷彿するものがありますね(苦笑)。特に母の記憶も継ぐとか、悲しい記憶、繰り返される悲劇に終止符をうつというのがゼノギアスと似たテーマだと思いました。神奈がミァン=ハッワーで観鈴がエレハイムという感じでしょーか。星の記憶という概念はなんかFF7ぽいですね。星に記憶を返すエアリスと観鈴の悲劇といい。ストーリー的には何というか後半は真琴シナリオでやれなかった部分を追求している印象を受けました。観鈴が抗えない運命によって死に向かっていくというのは真琴とほとんど同じ流れですし。違う点は主人公が完全に傍観者としてしかそこに存在していないという点でしょう。だから後半は既にエ○ゲーどころかギ○ルゲーですらない気がします。前作Kanonは良くも悪くも萌えゲーで終わっていたという感じは否めないので、これはけっこう斬新だと思いました。AIRがKanonを超えたかどうかは人によって意見が違うと思いますが、SUMMERとAIRの存在によって私は超えていると思いました。まぁ「月」からこのスタッフの作品を通して見ても完成度という点ではAIRが一番だったと思います。後は葉っぱのように突然路線を変えないことを祈るばかりですな(笑)。まぁそれはそれでいいのですけれども。それにしてもヒロインの白痴度が新作ごとに上がってるのは気のせいか?(苦笑)





HOMEへ