反応 


 ハイヤーセルフから見た自我の役割のひとつに「反応装置」という表現が当てはまります。私達はいつも外界世界に対し反応を示しています。あらゆるものに反応します。

 「反応」という言葉に意識を向けてみて下さい。そのまま、2、3分その言葉に意識を向けて下さい。そしてこの「反応」という言葉に今反応している人、それがあなたの自我です。それが自我の働きです。今あなたは、あなた全体が反応しているかのように錯覚していますが、言葉に反応しているのは、あなたの全体性のほんの一部です。あなたの中の今反応している自分を感じてあげて下さい。だんだん反応しているのは自分の一部であって、自分そのものではない事がわかってきます。

 痛みに反応する自分がいます。しかし痛がっている人はあなたの中のほんの一部分です。「痛い」と思っている人は自我です。そして自我という意識の集合体の中の痛みを伝達する役割の部分さんです。痛みを感じ始めたとき、すぐに自分の内面に意識を向けていきます。すると自分という総体の中で、痛いと感じている部分さんを発見できます。その人に意識を向け続けて下さい。その人にエネルギーを送ってあげて下さい。痛みを感じている人に意識を向け続けていると、5分もしないうちに痛みがどこかへ消えてしまっていることに気付きます。

 あなたとは「痛いと思っている人」を癒す人で、痛いと思っている人ではありません。痛みがやってきたときに「痛いなー」と思っている人から、「あっ、痛みがここにあるということを理解する人」になって下さい。どんなことであれ、反応しているのはあなたそのものではありません。そんなあなたはもう観察者です。あなたの世界から痛みが消える瞬間です。あなたは痛みがどんなモノかを知っている者であり、痛んでいる者ではありません。あなたにはもう加害者はいなくなります。あなたを痛めつける者が存在しなくなります。あなたは他人から痛められない、自分自身のマスターとなります。それが自分を救うということです。あなたは心が痛みを感じるたびに、自分自身の痛がる人を発見し、その人を直ちに癒してあげることが出来るようになります。

 自我はハイヤーセルフにとってセンサーの働きを持っています。五感で感じ取るセンサーです。五感だけを使って自分自身を味わうときに、どう反応をするかを体験しています。ですからあなたはあらゆるものに反応しています。そしてあなたの反応があなたという個性そのものです。自分の反応を味わって下さい。あなたがびくっとするもの、あなたがあれっと思うもの、あなたがなんか変だと感じるもの、自分の日常性にもっと敏感になって下さい。一体自分の何が反応を起こしているのかに。

 そしてあなたの反応するところがあなた自身の全体性から乖離している点であるともいえます。反応の仕方は人によってまちまちです。あなたはあなた独自の反応を示します。だからこそ、あなたの反応ぶりが全体にとって必要とされるわけです。集合意識が自分の多面性、全体性を学んでいるわけです。その独自性が集合意識にとってあなたを今そこに必要としているところともいえます。この点がはっきり自覚できるようになると、あなたの存在理由が明確になってくるわけです。

 全体の中での自分の役割を意識できている人であるといえるでしょう。これがあなたが今そのままで何も問題がない理由です。どんな反応にしろ、それは宇宙の全体性にとってかけがえのないものです。いい反応も悪い反応もあるはずがありません。人を呪っているとしても、それは宇宙の全体性の中の大切な一つの表現そのものです。あなたはその事を否定する必要は全くありません。あなたは、たまたま集合意識を代表して呪いの部分の表現担当を担っているに過ぎません。そんな自分に誇りをこそ持って下さい。あなたはそのままで完全です。何も足すものもなければ引くものもありません。


 あなたは今のままのあなたであり続けることも出来るわけですが、自分にとって面白くない現実をそのままにしておく必要性もありません。あなたは完全に自由な存在です。あなたは今あるがままでいる事がそれでかまわないように、あなたを好きなように変えていく事も全く自由です。

 それは良いとか悪いという問題ではなく、あなたの自由意志の問題です。あなたに変わりたいという欲求があるのでしたら、どうぞその欲求に従ってみて下さい。いずれにしろあなたの心の奥深くから、変わりたいという衝動がやってくるときが誰にでも必ず訪れます。どうぞそれまでは今そこにいて、ただあなたの全てを表現し、味わっていて下さい。頭で考えて、それが良いことだから変えようとする必要はありません。あなたに変わる必要性なんかまったくありません。変えなければならない事もまったくありません。


 変わりたいという衝動がやってきた時、そこからあなたは真の自分の創造に取りかかることになるわけです。創られたものから、自分自身を創るものへ変わります。人間が変換人へと変わっていく時がもうじきやって来ます。

 何かを見て「あれっ」と思い、その事に気付いていないと、あなたの心はその事を覚えていて、次回同じものを見た時には「あれあれっ」と感じます。何か変だという思いが心に焼きつきます。そして3度目になると「何か変だ」という思いを通して見るために「やっぱりあれはおかしい」という印象持つにいたります。この辺まできても、まだ自分の価値観によって変なものを創造し始めているという事には気付けません。あなたの世界におかしなものが存在を始めるわけです。

 さて次はどうなると思いますか。あなたが否定したそのものは、次にはどんな形であれ、あなたに痛みをともなわせるものとして現れてくるでしょう。そして「やっぱりおかしい、思った通りだ」とあなたは納得する事になるわけです。ですからあなたはそれを見て「あの人はいやな人だ」という記憶を心に焼き付けます。そのいやな人はあなたに悪さをしてきます。あなたはだんだんその人が許せなくなってきます。あなたの心に、その人は人を傷つける悪い人だという固定観念が育ってしまいます。その固定観念があなたの中心に座り始めた頃、あなたはまわりの人からその人のうわさ話を聞き始めます。「あの人は嫌な人間だ」と。そしてあなたはまた確信を得ます。誰から見てもあの人は評判がよくないのだ、私の目は間違っていなかったと安心するわけです。

 こんな心の段階を経て、あなたはあなたの宇宙に悪い人を生みだしているわけですが、そのきっかけといえば最初はほんの些細な反応に過ぎなかったのです。その最初の反応に気付いて下さい。もう自分には悩みがなくなったと感じているあなたに申し上げます。あなたが現にそこに肉体を持って生きているということは、あなたの心に必要のなくなった埃がまだくっついているという事です。些細な自分の反応に気を配って下さい。

 そして2度3度同じような反応体験が続いたとしたら、「そろそろ、その反応に対する原因を調査しろ」、というハイヤーセルフからのメッセージだと受け取ってみて下さい。何も問題が大きく育つまで待つ必要はありません。離婚寸前のご夫婦の問題も、最初は些細な違和感から始まり、年を追うごとにその違和感を育てていったに過ぎません。

 では最初の違和感はどこからやって来るのでしょうか? それをあなたの中にあるブロックと呼んでいます。初めから備わっていたものではありません。あなたが体験したいことを体験している内に、その体験により発生した感情を流しきってしまわずに、体内に貯め込んでしまった未消化の感情エネルギーがその一つです。先ほど書いたように、自分が育てたいやな人があなたの世界に登場し、その人と戦っている内にもうこんなのイヤだとその人から逃げ出してしまった場合、その人の記憶がブロックとして残るわけです。この反応はあなたに何ももたらしません。全く必要のないものです。ムッとする反応は全てこの部類に属しています。ムッとする反応を放っておく必要はありません。出来るだけ速やかにあなたの内面に対処して下さい。

 違和感のもう一つは、あなたが正しいと思い込んでいる価値観から発生してきます。我々人類はもうこの価値の違いによる違和感を充分に味わいつくしてしまったようです。人類の集合意識の奥深くに沈められた、当然のこととして扱われ続けてきた古い習慣的価値観を手放す時がやってきました。

 こうでなければならない事などありません。こうであるべき事もありません。しなければならない事もなければ、してはいけないこともありません。何かの方が何かより優れている事も決してないし、誰かの方が誰かより偉いはずもありません。あなたの反応はあなたの価値観からもたらされます。あなたが反応するところには、必ずもう必要のなくなった古い価値観が発見されるはずです。

 違和感はその事をあなたに語りかけてくれるメッセージです。自分の感じる違和感を大切にして下さい。そんな違和感を愛して下さい。そんなメッセージをあなたに投げかけてくれているその対象には感謝を送りましょう。

 そして自分のために一人静かに座る時間を創ってあげて下さい。その違和感が自分のどんな価値観から上がってくるものなのかを探して下さい。ですがまず大切なことは、自分が何に違和感を感じているのかに気付くことです。気付かなければ何も始まりません。自分の想念と、感情を見張って下さい。いいえ、感情が起こる以前の些細な反応に気付いて下さい。これは覚醒の最終段階です。

 多くの人は「あの人、ちょっとおかしいわ」とか「少しがっかりした」と評価を下し、それが自分を投影しているとは気付けません。人に言葉では言わないまでも、平気で自我さんは外なるものを評価します。実際は自分の心にあるものを評価しているにもかかわらず。これではあなたは変われません。もっともっと細やかに自分の発想に気付いて下さい。「もう自分は解っている」この思いが最終覚醒をどんなに遠ざけている事でしょう。評価を下す瞬間に気付いて下さい。

 新しい世界は、古い世界の解体から始まります。破壊なくして創造はあり得ません。自分の価値観を破壊して下さい。世界とは破壊と創造のほんの隙間に生まれる一本の細い細い線に過ぎません。破壊と創造の狭間からわき出す泉がこの現実世界です。今、ここ、この瞬間に時間と空間のわき出し口が発見されます。瞬間瞬間、崩壊していく過去と、今産み出されつつある新鮮な新世界、その間隙の中で人類は活動が許されています。もう古い世界を創るのは止めませんか。それには古い価値観を壊していくという作業が必要です。価値観がなくなったら人は動かなくなるからです。そんな人のことを創造主と定義するのでしょう。

 新しい世界は、自分が創るのだという事を忘れないで下さい。それが出来るのはあなたをおいて他にはいないのですから。もう平気で「ガッカリした」などと言うのは止めましょう。自分にガッカリする神などいるはずもありません。「怒りは出ないけどちょっと寂しいわ」とか、「あの人ちょっとねー」とか、そんな自我のつぶやきに気付いて下さい。宇宙には自分一人しかいないのだという言葉に帰って下さい。

 もう悩みのなくなったあなたにとって、「反応」こそが変換人へ到る最良の道しるべです。