常夜灯の隙間に



日が暮れきったプロンテラの町。
数歩前を行く騎士の背を追うようにして、プリーストは歩いていた。
昼間はそれなりの賑わいを見せている路地であったが、ちょうど夕飯時であるせいか、今は彼ら二人以外の姿は見当たらなかった。
静かな夜の闇の中で、二人の足音だけが聞こえる。
闇の中に溶け入りそうな騎士の背に、少しだけ違和感を感じ、プリーストは口を開く。
「この辺さ、こんなに暗かったっけ?」
「いや、もうちょっと明るかったはず」
同じ事を思っていたらしい騎士の歩く速さが落ちて、プリーストとの距離が少し縮んだ。
暗がりで何かを探すように動いていた騎士の頭が、僅かに天を仰ぐ形で固定される。
「ああ、あれだ」
「何」
足を止めた騎士の横に、プリーストも立ち止まる。
ほら、と騎士が指差す先を、目を凝らして見つめてみる。
そこには、明かりの灯らないガス灯がひとつ。
等間隔で立てられているガス灯の、ひとつだけが消えているせいで、彼ら二人の立つ場所だけが深い闇に沈んでいるようだった。
「壊れてんのかな?」
さあ、と騎士は呟き、声のトーンを少しだけ真剣なものにする。
「暗いままってのは、危ないよな。後で騎士団に報告しとくか」
「そんな気にするコトかね」
けれどプリーストは、興味の無さそうな声。
「全く人が通らない裏路地ならともかく、この辺なら大丈夫でしょ」
「そうかなあ」
足音も立てずに、プリーストは騎士の傍に寄る。
「明るすぎる夜ってのは、あんま良いもんじゃないよ」
「あー、夜明るい場所に居過ぎると眠れなくなるんだっけ」
「そういうのもあるけど、夜っぽい風情がないじゃん」
「何だよそ……っ!」
笑いながらプリーストを見た騎士の言葉が、途中で驚きに掻き消える。
プリーストの唇が、にっと笑った。
その目が見開かれるのが、暗がりでも確認出来るぐらいに、プリーストは騎士に近付いていたのだ。
「……お前、近寄りすぎ」
気まずそうに呟いた騎士が、プリーストから離れようと背中を揺らす。
しかし、彼が暗闇の向こうに隠れる前に、プリーストの手が騎士の手を掴んだ。
ぴく、と騎士の手が震える。
「そんなに驚くな」
苦笑したプリーストは、騎士が反論するよりも早く、その唇を塞いだ。
すぐに唇を離し、至近距離で騎士を見つめれば、濃い色をした彼の瞳がゆらりと揺れた。
暗闇に包まれた、そんな小さな動きすら見えるような距離の中。
「夜っぽい風情」
プリーストが呟けば、騎士は慌てて目を逸らした。
流石に目には見えなかったが、恐らく騎士の頬は赤くなっているに違いない、とプリーストは思った。
「……やっぱ、危ないじゃん」
小さな騎士の声に、そうかも、とプリーストは笑った。
明かりの灯らないガス灯の下、握り締めたままの手は、きっと誰からも見えない。





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