大丈夫の歌



足元に置かれた鉱石を見つめ、女ブラックスミスは緊張が高まっていくのを感じていた。
戦闘型の彼女は、いつも精製前に製造型の同職を尊敬せざるを得ない。製造が本職でない自分でも緊張するのだ。一体彼らはどれほどのプレッシャーを背負っているのだろう、と。
結わえていた長めの茶色い髪を一旦解き、もう一度同じ状態に結い直す。
大した意味はない。これは、彼女なりの精神集中だった。
戦うにしても、精製するにしても、長い髪は邪魔になる場合が多い。
切ってしまえば楽になるのは分かっているが、そうはしなかった。
彼女は自分の長い髪が好きだった。
そして、彼も。
狩り仲間の男プリーストが、彼女の前に溶鉱炉と鉱石を並べていく。
彼こそが、今回の精製依頼者だった。
精製ならば自分じゃなく、製造の得意なブラックスミスに頼め、と彼女は言うのだが、プリーストは聞き入れてくれない。
自分も殴りだから同じ殴りに頼みたい、という訳の分からない理屈で、彼は彼女に頼んでくるのだった。その理屈で今までいくらの赤字を出したのか、ブラックスミスは考えたくなかった。
相手が頼んでくるのだ。こちらも誠意を持って対応するしかない。
「準備できたよ」
彼女がそう言うと、プリーストはよし、と呟いて、ブレッシングを唱えた。
高まっていた緊張が和らぎ、気持ちがゆっくりと澄んでいく。
続いて、プリーストがグロリアを歌い始める。
朗々とした歌声に聞き惚れながら、ブラックスミスはそっとプリーストの横顔を覗きこんだ。
彼の歌声は綺麗で、とてもよく響く。
いつだったかブラックスミスは、プリーストに何故バードにならなかったのかと聞いたことがある。
彼は平然とした顔でこう答えた。
「衣装が趣味じゃない」
全国のバード、そしてバード候補生に殴られかねない事を言い切る彼に、ブラックスミスは頭を抱えたくなった。
それでも、この男にプリーストの衣装とバードの衣装、どっちが似合うかと聞かれれば、彼女は間違いなく前者だと答えるだろう。
別にバードの衣装が似合わないわけではない。
ただ、今の彼に慣れてしまっただけだ。
響きの良い声で、グロリアを歌う彼に。
しかし、その声が急に止まってしまった。
何事かと思うブラックスミスの顔を、プリーストが振り返った。
途端、彼女に気恥ずかしさが込み上げてきた。
今まで聞き惚れていた事がばれたのかと、彼女は内心で焦っていた。
けれど、その焦りを取り繕うよりも先に、プリーストが口を開いた。
「なあ……」
「どうしたんだよ、急に止めちゃってさ」
そう言って顔を背けるだけで精一杯だったブラックスミスに、プリーストは言葉を続ける。
「続き、なんだっけ?」
想像もしていなかった言葉に、ブラックスミスは無言でプリーストの方を見た。
何の冗談だ、と問い掛けたそうな表情をした彼女に、プリーストはもう一度口を開いた。
「この先なんて歌うんだっけ?」
「……アタシが知るわけないでしょ!」
思わずそう怒鳴りつけると、プリーストはえー、と不満そうな声をあげた。
「今まで何度も支援してきたんだし、覚えててもいいんじゃね?」
「アンタが忘れる方がどうかしてんのよ……」
ブラックスミスの言葉に心動かされる様子もなく、プリーストはま、いっかと肩を竦めた。
「お前なら大丈夫だろ」
「どこから来んのその自信は」
「俺様の海より深い信仰心から」
どこがじゃ、と言ってやりたいのだが、そんなことで無駄な気力を使うのも馬鹿らしい。
グロリア無しで精製しなくてはならないのだ。僅かな気力さえ勿体無い。
だが、プリーストに続きを思い出させるよりは、その方が楽な気がするのも否めなかった。
衣装ひとつで将来を切り捨てる相手に、まともな協力を願う方が間違っているというものだ。
目の前の鉱石を一つ掴んで、ブラックスミスは呟いた。
「アタシ、製造じゃないんだよ」
「奇遇だな、俺も支援じゃない」
何とかなるだろ、と言わんばかりの無責任な言葉に、それでも彼女の心は静まった。
「失敗しても文句言うなよ?」
そう言った彼女に、プリーストは笑って見せた。
「だから言ってるだろ、お前なら大丈夫だって」
その言葉の後に、彼がもう一度ブレッシングを唱え直してくれた。
覚悟を決めたブラックスミスが、溶鉱炉に火を入れた。
どんな支援より歌よりも、大丈夫の言葉が一番嬉しいのを、きっとプリーストは知らない。





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