Sweet tooth



満面の笑みを浮かべたブラックスミスが、両手に抱えた物をぐっと突き出してきた。
「ハッピーバレンタイン!」
束になったチョコレートを押し付けられたウィザードは、軽く顔をしかめてブラックスミスを睨んだ。
「そのバレンタインは一週間以上前に終わったわけだが」
「だからこうして持って来てるのよ」
ああ、とウィザードは呟く。
「売れ残りか」
「そうはっきり言うなっつーの……」
目に見えて落ち込むブラックスミスを、少々哀れみの篭った目でウィザードが見やる。
「本当に計画性ってものが無いな」
今はウィザードの手の中にある、飾りもそっけもないチョコレートは、ざっと見ただけでも二十枚ほどはありそうだ。
乙女達の決戦、バレンタイン。そこに合わせて買い溜めか、カカオ交換でもしたのだろう。当日、または前日辺りはそれなりの数が売れたに違いない。けれどその戦いの日が終わってしまった今、チョコレートが売れる見込みは、ほとんど無いに等しい。
「このぐらいは売れると思ったんだけどなあ」
やれやれといった様子で、ウィザードが肩を竦める。
「お前、そのうち破産するぞ」
平気平気、とブラックスミスは笑う。
「そーしたら優しい大魔法使い様が養ってくれるから」
ね、とブラックスミスがウィザードを見れば、彼は鼻で笑う。
「断る」
「んだよケチ」
「黙れボンクラ」
言いながら、ウィザードの手はチョコレートの包み紙を剥いていく。
「文句言うくせに食うのかよ!」
「当たり前だろ」
貰った物は私の物。そう呟いて、ウィザードはチョコレートを割って、口に放り込む。
「うん、美味い」
「そういやお前甘党だっけ」
「おう」
食うか、とブラックスミスに向かってチョコレートを突き出せば、相手は首を横に振る。
「まだバレンタインに貰ったヤツも残ってるしさ」
「貰えたのか?」
「何でそんな意外そうなのよ」
「何となく」
さては、とブラックスミスが意地の悪い笑みを浮かべる。
「お前貰えなかったんだろ」
「義理だけどそれなりに貰ってる」
二つ目の欠片を頬張って、ウィザードは肩を竦めた。
「本命から貰ったのより、手の込んだチョコばかりだけどな」
「そりゃ悪かったね、本命が板チョコで」
ちっとも悪いとは思っていない様子でブラックスミスが呟いた。
シンプルな板状のチョコレートを、割っては口に運ぶウィザードを見ながら、ブラックスミスは思い出したように口を開いた。
「ところで、俺まだ貰ってないんだけど」
「何が」
「本命チョコ」
ウィザードは半分ぐらいの大きさになった、手持ちのチョコレートを示した。
「さっきやろうとしたら断ったじゃねーか」
「それは俺のやったチョコだろ」
面倒くせー、とウィザードは呟く。
「どうせ私が手作りしたんじゃ食えたモンじゃねーし、買ったチョコ渡す事になるんだから同じだろ」
にべもなくウィザードが言えば、ブラックスミスは眉をひそめた。
「あのねぇ、こーいうのは気持ちの問題だと思うんですけど?」
「なら、どんなチョコでも同じだろ」
「そうじゃなくてさー」
ぐだぐだと言い続けるブラックスミスを、ウィザードは冷たい目で見つめる。
「形がないと愛が伝わらないとか言うんじゃないだろうな」
「……言いませんって」
本気で機嫌が悪いのを察して、ブラックスミスは降参といった様子で手を上げる。
チョコレートの欠片を口に放り込むと、ウィザードはブラックスミスから目を逸らした。
口の中でチョコレートが溶けていくのを感じながら、ぼそっと呟く。
「……準備できなくて悪かったな」
「なになに? 何か言った?」
明らかに聞こえるであろう範囲にいたブラックスミスが、ぱっと顔を明るくして聞き返した。
一瞬言葉に詰まったような顔をしたウィザードは、やがてぶっきらぼうな様子で最後の欠片を口に放り込むと、ブラックスミスに向かって手招きした。
「はいはい……ってうおっ!」
近寄ってきたブラックスミスの胸元を、ウィザードは乱暴に掴んだ。
驚いた顔をしたブラックスミスには構わず、ウィザードはぐっと顔を近づける。
チョコレートの残る、甘い唇を、ブラックスミスの唇に重ねる。
「ホワイトデーまでこれで我慢しとけ!」
掴んだ時と同様、ウィザードは乱暴にブラックスミスを振り払った。
「えーと……どうも」
呟いたブラックスミスが、舌先で歯の表面を舐めるような仕草をした。
ちらりと覗いた赤い舌を見て、ウィザードはそっぽを向いた。
わずかに開かれていた口に落としたキスは、舌の先がブラックスミスの歯に当たった気がした。恐らく今、ブラックスミスの口の中には、ウィザードの口の中溶けたチョコレートの仄かな甘味が広がっているのだろう。
「期待してるわ」
そう言って軽く肩を叩いたブラックスミスに、ウィザードは目を細め、呟いた。
「覚悟しとけ」
新しく包みを剥いたチョコレートの欠片を、ブラックスミスの口にひとつ、押し込んでやった。





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