大人の恋をしませんか



時間が止まるとは、こんな感じなのだろうか。
まだ少年と呼んで差し支えの無い年頃のアーチャーは、身動き一つしないで座り込み、ぼんやりとそんな事を考えていた。
彼の視線の先には、すらっとした容姿の、女ハンターの横顔がある。
日の光を反射する、銀色の髪。冷たく澄み渡った青い目。
その下に続く、整った鼻筋から唇、あご、首、そして大きく開かれた首元までを眺めていく。
白く、優雅なラインは、まるで彫像のようだが、呼吸による微かな動きが、それを否定する。
冷たそうに見えてきっと温かいであろうそこに、何度触れてみたいと思っただろうか。
そんなことしたら間違いなく破門だな、とアーチャーは胸中で呟いた。
師匠に対してセクハラを働くような弟子がどの世界で歓迎されるというのだ。
そんな彼の考えを露知らず、師である女ハンターは弓に矢を番え、的代わりの木屑に照準を合わせる。
大きく弦を引くと、アーチャーの耳にまで、弓のきしむ音が届くようだった。
青い目が細められる。
アーチャーが息を止めて、ハンターの手元を見つめる。
ひゅ、という音を残して、彼女の手から矢が離れた。
勢いよく放たれた矢は、的の木屑を真っ二つに割って地に落ちた。
「すっげ……」
思わずそう呟いたアーチャーに、ハンターは軽く笑って見せる。
「実際の狩りの時にはこんな余裕ないから、もっと弱くなっちゃうけどね」
「それでも凄いですよ」
アーチャーの賞賛の言葉に、ハンターは肩を竦めて見せる。
「凄い凄いって言ってるけど、アンタも出来るようにならなきゃいけないんだからね」
容赦の無い師匠の言葉に、弟子はうへぇ、と既に弱気。
「あんなん出来ませんって」
「出来る出来る、アタシの弟子なんだから」
弟子、という言葉に、アーチャーは嬉しそうな、寂しそうな、複雑な表情をする。
「で、何か質問は?」
それには気付かなかったらしいハンターが聞いてくると、アーチャーは首を横に振る。
「本当に無いの?」
頷きつつも、本当は大あり、と心の中でアーチャーは呟く。
出身は、趣味は、スリーサイズは、好みの男性のタイプは?
彼氏、いるんですか?
だが、そんな事を聞いたら、破門の前に木屑の後を追う事になるだろう。
好きな人の手にかかって死ねれば本望、なんて言えるほど、自分は大人になれない。
例えば、目の前にいるような立派な大人には。
「知らないで、実戦で後悔しないでね」
あくまでも師としての言葉を送るハンターに、知って後悔する事もあるんだ、と口に出したい衝動に駆られる。
それをどうにか呑み込み、アーチャーは笑顔を作る。
「そんなみっともない事しませんよ」
堂々とした言い方に、ハンターは嬉しそうに微笑みつつ、軽く首を傾げてみせる。
「随分な自信じゃない」
「当然じゃないですか」
アーチャーはぐ、と両手の拳を握り締めた。
「俺は、貴方の弟子ですもん」
言い切った途端、喉を苦いものが横切るような感覚に襲われた。
弟子が師に抱く恋心。教え子が先生に抱く恋心。
多くの人が味わうものだと、見知らぬバードが歌っていた。
多くの人が味わい、多くの人が苦さに涙する、と。
それでも、どんなに苦くても、諦める事が出来ないのだ。
きっと叶う事が無いと分かっていながらも諦められないのは、自分が子供だからなのだろうか。
だが、自分が子供だから、大人であるハンターを好きになったなどとは考えたくなかった。
大人であろうと子供であろうと、自分がハンターを好きな事に、きっと変わりは無い。
そう信じたかった。
知らぬうちに俯いていた顔を、ハンターが両手で包み込み、上に向ける。
「がっかりさせないでよ」
そう言って間近で微笑む彼女に、アーチャーの頬が熱くなる。
その熱さを気取られないように、ハンターの手を離すと、アーチャーは真面目な顔をして頷いた。
「任せてください!」
俺は、貴方の弟子だから。
「よし、それじゃあ早速実戦訓練ね」
「はい!」
早々と自らの荷物を纏め上げるハンターに応えて、アーチャーも荷物を持って立ち上がる。
「さて、どこに行こうかな」
そう言いながらも既に歩き出しているハンターの後姿を、アーチャーは目を細めて見つめていた。
いつか、彼女の隣に自分の知らない男が立つ事になるのだろうか。
その相手も、好きになれたらいいな、と彼は思った。
そうすれば、きっと笑って苦い恋も飲み込めるはず。





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