美味しい甘党



「えーっ、来ないの!?」
甲高い非難の声を上げるハンターの女性に、悪いな、とクルセイダーの男は呟いた。
「これからちょっと予定があってさ」
クルセイダーがそう言っても、ハンターはまだ不満そうである。
「がっつり臨時で暴れまくってお腹空かせたところに、焼肉だよ? 肉だよ肉! 最高のご馳走断るなんて信じらんない!」
「次は行くからさ」
また誘ってくれよ、とすまなそうな顔でクルセイダーは両手を合わせる。
「もー」
つまらないといった様子を顔全面に表したハンターは、けれどそれ以上引き止めるつもりもないらしい。
恐らく、心は既に焼肉の元にあるのだろう。今度は絶対、という約束をクルセイダーに押し付けると、他の友人を待たせているからと、軽やかに駆けていった。
慌てた様子で追っていく彼女のファルコンを見送ってから、クルセイダーはハンターが消えていったのとは別の方向に歩き出した。
プロンテラの中心部から少し外れた住宅街。
冒険者の姿がまばらな道を歩き、クルセイダーはひとつの家の前で立ち止まる。
扉の横にあるチャイムを鳴らせば、開いてるよ、と中から男の声が返ってきた。
何の変哲もない扉を、クルセイダーが開ける。
中から、ふわりと甘い匂いが漂ってきた。
つられたように、腹の虫が鳴き声を上げる。
軽く苦笑したクルセイダーは、慣れた様子で家の中に入ると、短い廊下を歩いていった。
台所へ入ると、そこには男アルケミストがいた。
「遅かったね」
クルセイダーがやってきたことを、さも当然のように、アルケミストは迎え入れた。
座って、と勧められた椅子に、クルセイダーは腰を下ろす。
「臨時の清算が長引いた?」
アルケミストの問いに、クルセイダーは首を横に振った。
「肉のお誘いが、ね」
ああ、と納得したように、アルケミストが笑う。
「大の男が、肉よりもこっちのほうが良いだなんて思わないだろうね」
「悪かったな」
「悪いなんて言ってないじゃないか」
トレーを抱えたアルケミストが、クルセイダーを振り返る。
少し不機嫌そうな顔をしたクルセイダーの傍へと、アルケミストがやってくる。
トレーの上にあるものが、クルセイダーの目の前の机に並べられていった。
湯気の立つコーヒーに、焼き立てのアップルパイ。
自然と、クルセイダーの口元が緩む。
「いただきます」
軽く手を合わせて、そう呟く。
猛然とフォークでアップルパイを崩し、口に運んでいくクルセイダーを、アルケミストは楽しそうな顔で見つめている。
「本当に良い食べっぷりだなあ」
クルセイダーの向かい側に、アルケミストが腰掛ける。
コーヒーで唇を潤したクルセイダーが、だって、と呟く。
「ケーキ食うの久々なんだよ。お前んち以外だと、なかなか野郎一人でケーキなんか食えないからさ」
そう言ってまた、アップルパイの攻略に取り掛かるクルセイダーを見ながら、アルケミストは笑う。
「こっちもケーキ焼くの久々だよ」
「久々とは思えない腕前」
「それはどうも」
八割方がクルセイダーの腹に収められたアップルパイを見て、アルケミストは立ち上がる。
「その調子だと、残りも全部食べられそうだね」
「残りって、つまりホールってこと?」
「無理かい?」
問い返すアルケミストに、クルセイダーは苦笑した。
「無理じゃないけど、俺は時々、お前が俺を太らせて食おうとしてるんじゃないかって思うよ」
まさか、とアルケミストが言う。
「太らせるつもりなんてないさ」
残っていたアップルパイの欠片にフォークを刺したクルセイダーは、何気無いアルケミストの言葉に顔を上げた。
台所に向かったアルケミストが、新たなアップルパイを載せた皿を持って、クルセイダーの前に戻ってくる。
クルセイダーの表情に気付いたのだろう。アルケミストは、クルセイダーの前にアップルパイを置くと、その耳元に口を寄せた。
「食べた分以上に運動するだろう?」
耳の縁にアルケミストの吐息がかかり、クルセイダーは小さく背中を揺らした。
ちらりと横目で窺えば、そこには、妖しい色をたたえたアルケミストの瞳。
やっぱり、とクルセイダーは思う。
「……食おうとしてる、は否定しないんだな」
小さな声の呟きに、アルケミストは満足そうな表情で、大きく頷いて見せるのだった。
「どうせ食べるなら、甘いものより甘党を、ね」
さり気ない動きで、アルケミストがクルセイダーの手から、アップルパイが刺さったままのフォークを奪い取った。
それを口先に突きつけられると、クルセイダーはためらいつつも、素直に口を開いてやった。
甘い味と共に、小さな背徳感が、喉を流れて飲み込まれていった。





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