まちぼうけ



真夜中をとうに過ぎた頃、そのアサシンは宿屋の一室の扉を開けた。
といっても、忍び込んだのではない。狩りから戻ってきただけだ。
部屋の中は明かりが点けたままであった。
「まだ、起きてんのか?」
今晩の稼ぎを部屋の隅に置くと、彼は相棒のマジシャンの姿を探した。
しかし、相棒の姿は見当たらなかった。
時間が時間だし、当然寝ていると思っていたのだが、ベッドの上にも姿がない。
その代わりに、マジシャンの持ち物と思われる魔道書が、何冊も広げられて置いてあった。
いつだったか、魔術を使うものは一生勉強し続けなければならないという話を聞いたのを、彼は思い出した。
新たな魔術を身に付けるのは勿論の事、魔物が嫌がる属性を覚えたり、自らの魔力を最大限に発揮できる戦い方を考えるのも必要なのだ、と。
彼の相棒は、その言葉に忠実であった。
その真面目な相棒が、こんな夜更けに書置きも残さず出歩くとは考えられない。
一体どこに行ったのだろう。
とりあえず、本の間にメモでも挟まっていないか調べようと、彼はマジシャンのベッドの横に歩み寄った。
そして、思わず吹き出した。
探し人は、ベッドを背もたれにして、うずくまるようにして眠っていた。
きっと、アサシンが帰ってくるまで、本を読んで起きているつもりだったのだろう。
帰ってきたら片付けて、眠ろうと考えていたに違いない。
小さな子供が、帰りの遅い両親を待つ姿のようだ。
自分なんか無視して先に寝ていろ、とアサシンはマジシャンに何度も言っている。確か今日も出かける前に言ったはずだ。
その度に、マジシャンは笑って首を横にふるのだった。
「変なトコ真面目なんだから」
アサシンは苦笑いを浮かべて、マジシャンの少し癖のある黒髪を撫でた。
さすがに待つのに疲れたのか、寝顔の眉間に皺が寄っている。
このまま彼を床で眠らせる訳にはいかない。
かといって、彼の本を片付けるのも面倒臭い。
勿論、起こして片付けさせるなんてことは出来ない。
アサシンは少し考え込んだ後、マジシャンの体を抱きかかえた。
随分長い間待ち続けていたらしく、マジシャンの体はかなり冷えていた。
いくら細い体つきのマジシャンといえど、充分な背丈のある男である。それを、アサシンは軽々と自らのベッドの横まで運んだ。
靴を脱いだ爪先で、器用に毛布を撥ね退けると、彼は静かにマジシャンを横たえた。
そっと腕を放すと、マジシャンが小さくうめいて、かすかに目を開いた。
「……遅かったですね」
「ん、悪い」
寝ぼけた声のマジシャンにそう答え、彼は明かりを消した。
自分もベッドに寝転がり、毛布を引きずり上げ、マジシャンの体を抱き寄せる。
既に半ば夢の中にいるマジシャンが、つられるようにして、彼の体に顔を寄せた。
「おかえりなさい」
何とか聞き取れるぐらいの声でそう呟くと、彼は静かに寝息を立て始めた。
「……ただいま」
アサシンも小さく呟いて、そっとマジシャンの頬に口付けた。
眉間の皺も消え、穏やかな寝顔を浮かべていた。
少しだけ暖まった彼の体を、もう一回抱きなおすと、アサシンは目を閉じた。





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