九割あげる



引く度にガラガラと音を立てるカートから、がらくたがひとつ、地面に転がり落ちた。
カートの主の男ブラックスミスは、やれやれと呟き、それを拾い上げてカートを覗き込んだ。
カートに戻そうとするのだが、既に収集品が山積みになったそこに積み直しても、また落ちてくるのは目に見えている。
「そろそろ、限界かな?」
彼がそう呟くと、共に狩りをしていた男プリーストが彼の傍に寄って来た。
「おー、大漁大漁」
かなりの額になりそうだな、と呟く彼に、ブラックスミスは頷いてみせる。高価なものこそ出なかったものの、相当な数の収集品がカートには詰まっている。
「よし、時間も時間だし、そろそろ戻りますかね」
「そうしますかね」
ブラックスミスが答えると、プリーストはベルトに括り付けた小さな鞄から、青い石を取り出した。それが高度な呪文を使う時の触媒になる、ジェムストーンだという事は、ある程度の冒険者ならばすぐに理解できる事である。
「んじゃ、ポタ出すわ」
プリーストがそう呟くと、ブラックスミスは少しだけ困ったような顔をする。
「このぐらいなら歩いて運べるって」
ブラックスミスがそう言うと、プリーストはうんざりした様な表情になる。
「またそれかよ……」
ぼやき声に、ブラックスミスはあははと苦笑い。
彼が歩いて運べると言い出したのは、何もプリーストの負担を軽減する為という訳ではない。いや、少しはその意図もあるのかもしれないが。
彼は単純にワープポータルという魔法が苦手なのである。
「そんなにポタ嫌か?」
プリーストが問い掛けると、彼はうんうんと頷いて見せる。
「そりゃもう稼ぎの九割持っていかれるぐらい嫌」
「何だその微妙な数値は」
全部じゃないのか、と聞かれるが、ブラックスミスは曖昧な答えを返すだけだった。
「ほら、テレポ使って先に帰ってていいからさ」
自分は後から歩いて帰るという事らしい。
口に出さない言葉まで感じ取って、プリーストは盛大に嫌そうな顔をして見せる。
「俺が嫌だから却下」
彼はそう言うと、呪文の詠唱を始めた。
ブラックスミスのすぐ脇に、白く光る魔方陣が現れた。
プリーストが詠唱を終えると、彼の持っていたジェムが、音もなく粉々に砕け散った。
そして、ブラックスミスの横に、空間を貫くホール――ワープポータルが現れた。
困った顔のブラックスミスに、プリーストは顎でワープポータルを示す。
ここまでやられたら、もう文句をいう訳にもいかない。ブラックスミスは渋々と、ワープポータルに飛び込んだ。
体が軽くなるのを感じ、彼は軽く目を瞑った。
このぐらいまでは、別に何ともない。問題はこの後。足が地面から離れるのを感じてからである。
離れた空間を一瞬で繋ぐのだから、どうしても普段とは違う世界を潜り抜けなくてはならない。
人によって体験する感覚は違うらしいが、彼には怖い以外の何物でもないのだ。
ほんの一瞬の出来事なのだが、彼には何時間にも感じられるほどの苦痛なのである。
地面に足が着かないというのは、何とも不思議なものである。
いつのまにか上下の感覚がなくなり、次には思い切り体を引っ張られるのだ。本当は引っ張られているのではなく、空間の間を物凄い速度で移動しているのだろう。
まるで空に落ちていくようだと、彼は感じていた。
落とさないように、離さないようにと必死になってカートを掴んでいる自分に、ブラックスミスは苦笑した。
気持ち悪いというのに、商売人としての本能は消えていないというのが、妙に情けなくて、面白かった。
体に感覚が戻ってくると、ブラックスミスは顔を上に向けた。
元の世界に戻る時が、一番怖いのだ。
上下が確かになり、重力が体に働いているのが分かる。空に落ちているようだった体が、今度は真っ直ぐ下に引き込まれる。
まるで、誰かが足を掴んで、地の底に引きずりこむかのように。
それが怖くて、彼はいつも足が地に付くまで上を向いているのだった。
引きずり込まれる速度が、段々と速くなる。
同時に、彼の恐怖も高まっていく。
それが耐えられない域に達した時、ようやく彼は地面に足が着くのを感じた。
だが、ここで安心してしまうのがいけないらしい。
ワープポータルから外に出る時、彼は違和感の為か、必ずよろけてしまうのだ。
今回も例に漏れず、足元がふらつき、体が前のめりになる。
しかし、ブラックスミスが倒れこむ前に、不意に後ろに引き戻される力が働いた。
彼が振り向くと、そこにはプリーストの姿があった。
左手が、ブラックスミスの腕を掴んで引き寄せていた。
「毎度の事ながら、冷や冷やするんだよな」
ブラックスミスがバランスを取り戻すと、プリーストはそう呟いて、彼の腕を放した。
「お陰で俺は、お前の後に間髪入れずにポタに乗らなきゃならないんだ」
そう言って彼が溜息をつくと、ブラックスミスは微笑んで、小さく呟いた。
「だから、九割なんだけどね」
「何が?」
不思議そうな顔をするプリーストに、ブラックスミスは首を横に振った。
彼は内心で呟くのだ。
残りの一割は、お前が支えてくれる分だから、と。





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