赤い肩



少し大きめの、新品のローブを着たマジシャンの卵たちが、楽しそうな声を上げて駆けて行く。
彼らの誰もが、魔術学校の卒業試験に無事合格したという開放感と、これから何をしようかという希望に満ちた、明るい表情をしている。
室内からその様子を眺めていたウィザードの表情が、自然に穏やかなものになる。
彼女がマジシャンとして正式に認められた時も、確かこんな感じだった。
仲の良い友人数人と町に出て、思いっきり遊んで笑って、これから進む道について飽きるまで語り続けた。世界中を旅する者、新たな魔術を研究する者、魔術学校の教師になる者もいた。
久々に会った、教師になった友人は、自分の弟子がマジシャンになれた事を嬉しそうに報告してくれた。彼女も自分の事のように喜び、友人と共にそのマジシャンを祝った。
魔術学校の教師ではなくても、弟子を取って修行させるウィザードもいる。彼女もそうだった。
その弟子も、今日の試験で立派なマジシャンになったのだが。
「あんたも行ってきたら?」
彼女はそう言うと、横の寝台に目をやった。
「無理……」
小さな呟きが答える。
ローブを脱いで、袖なしの上着一枚の少年が、右肩を下にして、彼女に背を向ける形で寝そべっていた。
左肩の上に、濡れたタオルが乗せられている。
「試験合格した当日に、刺青入れてくるなんてね……」
ウィザードはそう呟くと、マジシャンの肩のタオルを持ち上げた。
鮮やかな古代文字が、彼の肩にあった。
「別にいいだろ」
そう言って睨みつけるマジシャンだが、目に力が無い。
古代文字が彫り込まれた肩は、どうやら炎症を起こしているらしく、うっすらと赤く染まっていた。
「本当に可愛げないねー」
ウィザードがそう呟いて、肩の古代文字にそっと触れる。
その瞬間、大人しかったマジシャンが体を大きく震わせた。
「触るなぁっ!」
半ば悲鳴のような声でそう叫び、マジシャンが体を跳ね起こした。目には涙まで浮かべている。
あまりの怯え方に、ウィザードは声を上げて笑い出した。
「そんな痛いならやらなきゃ良かったじゃん」
「うるさい、ほっとけ!」
げらげらと笑い続けるウィザードに背を向け、マジシャンは自らの左肩に目をやった。
魔術師にとって、刺青はただの装飾ではない。大抵は、魔力の増強等の呪術的な意味を持っている。
彼の場合もそうだった。
何度も本で見た古代文字が、自分の体にある。
それだけで、ほんの少しだけ強くなれた気がした。
「無理はするんじゃないよ」
いつの間にか笑うのを止めたウィザードが、彼の寝台に座っていた。
「無理なんかしてない」
背中を向けたまま、マジシャンは呟いた。
「まあ、いいけどね」
そう答えたウィザードが、小さな声で呪文の構成を始める。
不思議に思ったマジシャンが耳を傾けると、それは氷の呪文らしかった。
室内の温度が少しだけ下がる。
「ほら」
ウィザードは手に持った濡れタオルを、マジシャンの肩に当ててやった。
これを冷やす為の詠唱だったらしい。ひんやりとした感触が、古代文字の放つ熱をゆっくりと奪い取っていった。
「ちょっとは痛みもひくんじゃない」
そう呟くと、彼女は寝台から立ち上がって、部屋の出口へと歩き出した。
扉を開ける前に彼女は立ち止まり、マジシャンの方を振り向いた。
「合格オメデト」
そう言ってにっこり笑うと、呆気に取られるマジシャンを一人残して、彼女は部屋の外へ行ってしまった。
しばらくぼんやりとその背中を見送っていたマジシャンは、我に返ると、俯いて小さく呟いた。
「……ありがと」
頬が、肩と同じ位に赤く染まっていた。





戻る