いい子、いい子



開け放された扉から零れる、街灯の明かりが、暗い廊下に広がっていた。
特別気配を消す事も、足音を消すこともせず、アサシンの男は開いた扉の傍に立った。
中を覗けば、街灯に照らされ仄かに白く光る窓辺に、人影が見えた。
アサシンがいる事にも気付かないのか、窓から外を眺めるように、背中を向けている。
大柄でゴツゴツしたシルエット。鎧とおぼしきそれは、クルセイダーの装束であろう。
部屋の中に入ったアサシンが、静かに扉を閉めると、重たげな装束に覆われた影の肩が震えた。
驚いた様子で、影が振り返る。
街灯を背にしていても、その顔が男のものであるのが、アサシンには分かった。
どこか強張った表情を浮かべる男クルセイダーに、アサシンは微笑みかける。
「立ったまま寝てた?」
何でもない軽口に、クルセイダーの表情がようやく緩む。
「ちゃんと起きてますって」
そうかい、とアサシンは呟き、クルセイダーの佇む窓辺に近寄る。
窓から入り込む明かりから、まるで身を隠すように、影の濃い窓の脇に立つと、アサシンはそのままの表情で、クルセイダーを覗き込んだ。
「それじゃあ、悩み事?」
クルセイダーの表情が、僅かに沈んだ。
白い明かりに照らされながらも、クルセイダーの目には、落ち込んだ色が浮かび上がっていた。
「聞いたよ、今日の狩りでパーティー全滅したんだって?」
軽い口調でアサシンが言うと、クルセイダーは首を横に振った。
「全滅させた、ですよ」
呟くクルセイダーに、アサシンは軽く首を傾げる。
「別に君のせいじゃないでしょ。後ろから回り込まれてやられたらしいし」
クルセイダーはまた首を横に振る。
「もう少し早く踏み込んでいれば、全滅なんてしないで済んだんですから」
おや、とアサシンは声を上げる。
「それなら他の人だって同じでしょ」
自分の目の前で、アサシンは片手を広げる。
「他の前衛がもっと早く踏み込んでいれば。他の前衛が後ろについていれば」
ひとつひとつ、例えを挙げる度に指を折る。
「後衛がすぐに逃げていれば。後衛がすぐに攻撃に移っていれば。支援が気付いて応援に向かっていれば」
五つの例を挙げ、丸く握った手をクルセイダーのほうに突き出して、ね、とアサシンは呟く。
けれどクルセイダーは、表情を明るくしようとしない。
アサシンから目を逸らし、外を向いて、窓枠に手をかける。
「それが出来ず、そのフォローが出来なかったのは、やっぱり自分だから」
「面倒な子だねえ」
呆れたように笑ってアサシンが呟く。
クルセイダーは笑いもせず、微かに目を伏せる。
ためらうように震える唇が、言葉を作り出す。
「……フォローが出来ない仲間じゃ、必要ない」
かすれる言葉に、アサシンがすっと目を細めた。
唇が、ならば、と動く。
「フォローの仕様が無い失敗する仲間も、必要ないね」
はっとした様子で、クルセイダーがアサシンを見た。
険しい表情を浮かべた顔は、街灯に照らされていても、なお白いのが分かった。
そうでしょう、とアサシンは冷たい笑みを浮かべ、囁く。
「いちいち失敗のフォローするぐらいなら、そんな奴見捨てて、一人で狩りに行けば良いじゃないか」
「そういう事じゃ……」
「そういう事だよ、君が言っているのは」
反論しようとしたクルセイダーを、アサシンはためらいなく切り捨てた。
そのまま、皮肉げな笑みを浮かべる顔で、クルセイダーをじっと見つめた。
白い顔をした相手は、僅かに怒りの覗く、揺れる表情でアサシンを見返していた。
が、やがて顔を伏せると、窓枠を握る手に目を落とした。
行き場のない感情を鎮める様に、窓枠を固く握り締めている。
街灯に照らされ、影を落とす睫毛が、少しだけ震えていた。
きしむような静寂の中、アサシンはクルセイダーを見つめていた。
暗い影の中から、光の中立ちすくむクルセイダーに向かって、彼はそっと手を伸ばした。
握り締めたクルセイダーの手を、とんとん、と叩く。
ためらいがちにクルセイダーが顔を向ける。
アサシンは、クルセイダーの頭に手を当てた。
そして、優しい手付きで、その頭を撫でた。
「……何やって……」
問い掛けるクルセイダーに、アサシンは優しく笑う。
「いい子いい子」
まだ訝しげな顔をするクルセイダーに、アサシンは囁きかける。
「ねえ、誰が君を必要ないって言った?」
撫でながら問えば、クルセイダーはアサシンから逃げるように目を伏せ、小さな声で呟いた。
「……誰も」
「でしょう?」
嬉しそうに、アサシンが笑う。
「いい子なのは構わないけどね、あまり自分を追い込むんじゃないよ」
それに、とアサシンは続ける。
「誰が必要ないって言おうと、僕には必要だから」
アサシンはクルセイダーの頭を撫でるのを止めると、その手で、クルセイダーの後頭部を、抱きしめるように引き寄せた。
明かりの中佇むクルセイダーが、頼りない足つきで、アサシンのいる影の中へと歩み寄る。
一度だけ、アサシンの表情を伺うように、クルセイダーは顔を上げた。
おいで、とアサシンの唇が動くのを見ると、クルセイダーはもう一度顔を伏せ、アサシンの胸元に頭を埋めた。
安堵するような溜息を零したクルセイダーの腰に、アサシンは腕をまわした。
「平気だよ、誰も見てない」
頭を撫でながらそう言うと、クルセイダーは何も言わずに、小さく頷いた。
窓の外からは見えない、穏やかな暗闇の中、疲れきった「いい子」を、アサシンは優しく抱きしめてやった。





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