離れるな



寝台の上、ウィザードの青年は、居心地悪そうに身を縮めた。
薄暗い中、彼のすぐ傍からは、小さないびきが聞こえる。
それが男、つまり同性のローグのものであることは、顔を見なくてもウィザードには分かっていた。
冒険者になる前のウィザードの予定では、こういう時、隣で眠っているのは、いびきなんて立てない、可愛らしい女性のはずだった。
まさか同性と恋仲、しかも体を重ねる中になるなんて、考えもしていなかった。
ついでに言うなら、自分が女性役――下品な言い方をするならば、「突っ込まれる」側になるなんて、想像さえ不可能だった。
世の中、理屈ではどうにもならないことがあるものだ、とウィザードはしみじみ思っていた。
同性であるローグに対して恋愛感情を抱いたことは、初めかなりの自己嫌悪を伴ったが、慣れてしまうと馬鹿みたいに自然に感じられた。その延長、つまりローグとの性行為において、自分が「突っ込まれる」側であるということも――時々理不尽には思うが――なんとなく抵抗を覚えなくなっていた。
ただ、そういう根本的なものが解決されると、今度はどうでも良いようなことが納得いかなくなる。
そのひとつが、今ウィザードが小さく体を縮めている理由で。
すぐ隣から、小さなうめき声が聞こえた。
はっとウィザードが身を強張らせる。
布の擦れる音を聞くと、ウィザードは僅かに身を引いた。
次の瞬間、今までウィザードの頭があった辺りから、ぼすっというような音がした。
そこに、ローグの腕がある。
ほっと息をつこうとしたが、ウィザードの耳は、更に布団が動く音を捉えていた。
――足元!
頭で物事を考えるよりも早く、ウィザードは膝を丸めた。
脛に、ローグの足が勢い良くぶつかる。
振動が骨に響き、ウィザードは顔をしかめた。
もし足を丸めていなかったら、もろに腹部を蹴られるところだった。
「……危なかった」
ウィザードが呟いた。
別にローグは、狙ってウィザードを攻撃しているのではない。
ただ、寝相が悪いのだ。
壊滅的に。
冒険者になる前のウィザードの予定では、情事の後は、静かに寄り添って眠るはずだった。
しかし、寝相の悪いこのローグと一緒では、うっかり寄り添って眠ろうものなら、回し蹴りぐらい食らってもおかしくない。
最初のうちは、ウィザードは蹴り起こされる度に、相手も叩き起こして説教していた。が、全く効果が無い事に気付き、そのうち諦め、翌日の朝食を奢らせるだけにした。
最近では、少し離れて眠るようにしているが、三回に一度ぐらいは、脇腹に膝が入る。
それでも、ウィザードは蹴落とされるまで、隣の寝台に行こうとはしない。
もっと正確に言うならば、ローグのいる寝台から出ようとはしない。
恋なんて面倒臭いもんだ。
丸めていた足を、ようやくウィザードは伸ばした。
ついでに、ローグの足を蹴飛ばしてどかす。
ある程度の場所を確保すると、ウィザードはローグに背を向けた。
いつの間にか、かなり寝台の縁に近づいていた。
あまり端に行ってしまうと、少し動いた時に自分から落ちかねない。
もう少しならば大丈夫だろうと、ウィザードは体を動かした。
が、その途端、何かが足に絡まった。
ウィザードは嫌そうな顔をすると、ゆっくりと後ろを振り返った。
ローグが、薄く目を開けている。
「離れるな」
半ば寝ぼけているような声で、ローグが言った。
ウィザードの足に絡みついているのは、ローグの足だった。
「そっちから離すくせに」
ウィザードはぼやき、ローグの足を振り払おうとした。
けれど、俊敏性に優れたローグの足は力強く、ウィザードに振り払えるようなものではなかった。
もがくウィザードには構わず、ローグはぐっと、体をウィザードに近づけた。
離れようとしたウィザードだったが、それより早く、ローグに背後から抱きしめられた。
「離れるな」
もう一度、今度は耳元で囁かれ、ウィザードの体がピクリと震えた。
ウィザードがもがくのを止める。
背中に、ローグの体が密着してきた。
窮屈な姿勢であったが、ローグは落ち着いたらしい。耳元に、小さないびきが聞こえていた。
寝息に合わせて、ローグの肺が膨らむのを、ウィザードは背中で感じていた。
絡まったままの足も、きっとそのうち、違和感を覚えなくなる。
もっと違和感を感じそうな事を、繰り返してきたのだから。
ウィザードは静かに目を閉じる。
「……離すなよ」
ローグの匂いがした。

結局一緒になって寝台から落ち、ウィザードはまた、ローグの奢りで朝食を食べることになった。





戻る