振り切り



ちょうど昼を少し過ぎた頃のフェイヨン洞窟前。適当な広さと、木陰のあるそこは、のんびり昼食を楽しむにはもってこいの場所だ。
幾つかのパーティが、狩りの合間の休憩と称して食事と雑談を楽しむ様子を、アサシンはニコニコとした笑顔で眺めていた。
彼が横を向くと、対照的に険しい表情の剣士。
「あー、また眉間に皺が寄ってるー」
呑気な口調でそう言うアサシンを、剣士が睨みつける。
「……お前、何で俺の眉間に皺が寄ってるのか分かってるのか?」
「お腹すいてるから?」
「違うっ!」
大きな声で否定する剣士に、アサシンは首を傾げる。
どうにか感情を抑え、静かな声で剣士が言う。
「さっき、洞窟出口付近でゾンビがきた時、お前どうした?」
「全部振り切った♪」
あろうことかVマークまで作って答えるアサシン。
ふざけた――というか、誇りに思っているかのような――態度に、剣士の怒りが頂点に達した。
「そういう事はするなとあれほど言っただろうが! お前のせいで近くにいたアコさん、ゾンビに囲まれてたんだぞ!」
慌てて彼が助けに行かなければ、そのアコライトも見事にゾンビの仲間入りを果たしていただろう。
しかし、アサシンは平然としたままである。
「そんなんで死ぬ奴が弱すぎるだけじゃん」
「押し付けられる側の気持ちも分かってやれ!」
怒鳴りつける剣士の前で、アサシンは大げさに驚いた表情を作ってみせる。
「えーっ、俺強いから分かんなーい」
「……あっそ」
疲れたような表情で、剣士は溜息をついた。
人が多ければ狩りは楽だと思っていたのだが、どうも彼といると余計な負担が増えているような気がして仕方がない。
「もういい。次からは俺一人で狩りに行くから」
剣士がそう呟くと、アサシンはええっ、と驚きの声を上げる。
「何でー? 俺こんなに君のために頑張ってるのに……」
放っておくと泣き真似でも始めそうなアサシンに、剣士は冷たく言い放つ。
「お前が頑張ったお陰で、俺は余計に疲れるんだよ」
第一、一緒にいたところで利点がない。
剣士がそう付け加えると、アサシンはへらへらとした表情で答える。
「いやぁ、一緒にいるだけで幸せ、っていうか?」
「下らん話はどうでもいい」
ぴしゃりと言うと、剣士は腰に下げた剣を握った。
「俺一人でも、充分戦える」
その言葉に、へらへらしていたアサシンの表情が、すっと鋭いものになった。
不思議に思った剣士がアサシンを見つめると、彼は冷たい微笑みを浮かべた。
「本気でそう言ってる?」
「当然……あ」
口を開きかけた剣士の目の前に、短めの黒髪の束が突きつけられる。
ボンゴンの物だ。
先程洞窟内で狩りをしていた時に、急に現れたボンゴンに付け回された事を、彼はようやく思い出した。
「アイツを倒したのは俺だよ?」
「……そうだった」
すまん、と剣士が謝ると、アサシンは元の呑気な表情に戻って、ひらひらと手を振った。
「別にいーよ。俺としては、追いまわされて焦るカワイイ君の姿が見れただけで充分幸せだったしー?」
悪趣味な発言に、剣士が顔をしかめる。
「放っておくと、本当に危なっかしいんだもん。もっと俺に甘えて良いんだよ?」
「誰が!」
「君」
さあ俺の胸に飛び込んでおいで、と両腕を広げるアサシンに、剣士は溜息を吐く。
このアサシンは自分に甘過ぎる。ただ、甘いだけではなく、要求してくる見返りも大きすぎるのだ。
このままだと自分まで変人扱いされそうだ。考えただけで頭がくらくらしてくる。
呑気なアサシンを目の前に、剣士は一つ決意した。
早く強くなって、こいつと縁を切ろう。
こいつの世話にならなくても、充分戦えるようにならなくては。
その為には――。
「とりあえず、飯にするか」
「ヤッホー、ご飯ご飯♪」
子供のように大喜びするアサシンに、剣士は笑って立ち上がった。





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