読書はお静かに



ぎらぎらと太陽が照りつける昼下がり。
空調の整った小さめの書斎に、ブラックスミスはいた。
部屋の中央付近に置かれたソファーに、足を組んで座り、辺りを見渡してみる。右に本棚、左に本棚、目の前の小さな机にも本が積まれている。
その視線を、外の光が差しこむ、明るい窓際の机へと移す。
ランプの必要ないぐらいに明るい席では、ウィザードが本を読んでいる。
「お前でも読書とかするんだな……」
ブラックスミスが心底意外そうな声で呟くと、ウィザードは本から視線を上げた。
「当たり前だろ」
これでもウィザードなんだ、と呟く彼に、ブラックスミスはそういやそうだっけ、と返す。
途端、ウィザードの目付きがきつくなる。
「人を何だと思ってた?」
「破壊神」
「お前出てけ」
顎で扉を示すウィザードに、ブラックスミスは不満そうな声をあげる。
「いいじゃん、邪魔してないんだし」
彼はソファーに勢いよく倒れこむ。座席部のクッションはかなり質が良いらしく、下手な安宿屋の寝台よりも寝心地が良さそうだった。
「邪魔してなかろうと、お前がここにいる理由だってないだろ」
行儀の悪いブラックスミスから、視線を本に戻し、ウィザードがそう呟いた。
「いや、俺お前といると落ち着くんだけど?」
「私は疲れる」
少しからかう意図も含んだ言葉は、冷たい返事であっさり切り捨てられた。
ちょっぴし本気で傷つくじゃねえか、と心の中で呟き、彼はわざとらしく大きな溜息を吐いた。
「うるさい、黙ってろ」
「喋ってないだろうが!」
「うるさいものはうるさい」
追い出されたくなければ静かにしろ、というウィザードの言葉に、ブラックスミスは首を竦めつつも、素直に従う事にした。
今の時間、外に追い出されたら確実に干物になる。ブラックスミスはそう確信していた。
この暑い時間帯では、露店をやるにしても日陰を探さなくてはならない。
だが、人通りが多く、それでいて日陰の場所などそうそうあるものではない。
大体あっても、既に他の露店商に取られているだろう。
店の場所取りは、花見の場所取りの比ではない程厳しいのだ。
ソファーに寝転がりながら、彼は不意に物足りなさを感じた。
「なあ、何か本貸して?」
その言葉に、今度はウィザードが驚いた顔をする。
「お前本読めるのか……」
「お前人の事馬鹿にしすぎ」
うんざりとした表情でそう呟き、ブラックスミスはウィザードに向かって手を伸ばす。
「本って、どんな内容のが良いんだ?」
ほとんどが魔術書だが、と言うウィザードに、ブラックスミスは伸ばしていた手をヒラヒラと振る。
「あー、適当な厚さがあれば何でも良いや」
「はあ?」
ウィザードが訝しげな声を上げる。
ブラックスミスは軽く上半身を起こすと、ぽんぽんと、頭の置いてあった辺りを叩いた。
「枕欲しいんだよ」
彼がそう呟いた瞬間、ウィザードの表情が凍りついた。
しばらく微動だにしなかったウィザードは、やがて無言のまま、ゆっくりと立ち上がった。
まずかったかな、と内心で焦るブラックスミスに、ウィザードは無言のまま歩み寄ってくる。
そして、ブラックスミスの前で止まり、じっと見つめてきた。
明らかに目が冷たい。
怖い。本気で怖い。
言い訳をしようにも、下手な言葉を発する訳にもいかず、ブラックスミスがただ焦りながらウィザードの顔を見つめていると、ようやく彼が言葉を発した。
「そこどけ」
単純な言葉なのだが、逆らう気も起きず、ブラックスミスはそそくさとソファーから立ち上がった。
ウィザードは何も言わずに、ソファーに腰を下ろす。
ここまで機嫌の悪い――というか、機嫌を悪くしてしまった――ウィザードと同じ部屋に居ようとは、いくら根性の図太いブラックスミスでも思わなかった。
外に出るしかない。
まだ日差しも強く、地面からの照り返しも厳しいと思うが、ここでしぶとく居座ってウィザードの魔法に焼かれる事を考えれば、大した暑さではないだろう。
どうにか日陰を見つけて露店を開こう。そう考えながら扉の前に立ったブラックスミスは、不意にウィザードに呼び止められた。
「どこ行くんだ?」
「そりゃ、どけって言われたから素直にお外に行きましょうねー、と……」
ブラックスミスの答えに、ウィザードは眉をひそめる。
「いいから、こっち来い」
「は、何でさ?」
突然の言葉に、ブラックスミスが不思議そうな顔をする。
ウィザードは一瞬困ったような顔をすると、ブラックスミスから視線を外し、自分の膝をぽんぽんと叩く。
ブラックスミスの表情が、困惑から驚きに変わる。
「……………………マジ?」
「さっさとしろ、気が変わるかもしれないぞ!」
視線を合わせずに、乱暴にウィザードが言い捨てる。
ブラックスミスは呆気に取られていたが、がしがしと頭を掻くと、ウィザードの傍に寄った。
そして、ソファーに座ると、そっと身体をウィザードの方へ倒した。
頭は、ウィザードの膝の上。
「また、珍しい心境の変化だなこりゃ……」
何かあった、と聞いて見上げてくるブラックスミスに、ウィザードはふん、と息を吐く。
「ずっと日差しの強い窓際で本読んでたから、頭おかしくなったのかもな」
「あー本当、顔赤いわ」
その言葉に、ウィザードは持っていた本の背表紙でブラックスミスの額を叩く。
「……ってー」
「私の膝枕だ、高くつくからな」
額を抑えながらうめくブラックスミスを労わる素振りも見せず、ウィザードはそう呟いて本を開いた。
「高く、ねぇ……」
ウィザードの膝に頭を乗せたまま、ブラックスミスが言葉を繰り返す。
少し考える素振りを見せた後、彼は微かな笑みを唇に乗せた。
「じゃあ、頭金だけ払っておくかね」
ウィザードが訝しげな顔で、読みかけのページに指を挟みながら、ブラックスミスの顔を覗き込んだ。
すると、ブラックスミスはそっと両腕を伸ばし、ウィザードの顔を引き寄せた。
少し驚いた顔をしたウィザードの唇に、そっと自分の唇を重ねる。
「残りは分割払いで」
笑ってそう囁くと、彼はウィザードから顔を背け、目を閉じてしまった。
ウィザードは瞬きを数回繰り返すと、苦々しげな表情で舌打ちした。
「ズボンに涎の痕なんか付けたら、もっと高くつくからな……」
「ん、努力するわ」
ブラックスミスは軽い口調でそう答えた。
それ以上は口を開こうとしないブラックスミスに、ウィザードは溜息を吐きつつ、自分のマントを脱いで掛けてやった。





戻る