冒険とロマンと貧乏



フェイヨン洞窟前の、小さな広場の片隅で、狩りから戻ったばかりの女ブラックスミスが、カートの中身を広げていた。
共に狩りに行った男プリーストは、その横で武器の手入れをしていたが、ふとブラックスミスの並べた物のひとつに手を伸ばした。
「シューズなんか出てたんだ」
「アタシが倒したムナックが落としたんだよ」
彼女の言葉に、プリーストは少し悔しそうな顔をした。
「俺が沈めた奴は髪の毛ぐらいしか売れる物無かったってのに」
「アンタ乱暴だもんね」
そう言われてしまうと、彼は舌打ちするしかなかった。
実際祈りで鎮めるのではなく、鈍器で沈めてるのだから仕方ないといえば仕方ないのだが。
しかし、どんな戦い方にしろ、稼げれば問題はないのだ。
彼は手早く商談に移る事にした。
「なあ、これいらなきゃ売って」
そう言葉を掛けながら、どのぐらい吹っかけられるかな、と彼は頭の中でシュミレーションを始める。
ある程度の値段ならば値切る自信がある。法外な値段を言い渡されても、狩りの支援――乱暴だろうと、一応はプリーストなのだから、支援は出来るのだ――を盾に削れるだろう。
上手い値切り文句を考えていた彼だが、ブラックスミスの提示した値段は、相場よりも安いものだった。
「……いいのか?」
半信半疑の問い掛けに、ブラックスミスは頷く。
心ここにあらず、といった様子である。
プリーストが眉をひそめた。
「何か、嬉しくなさそうじゃん」
彼がそういうと、ブラックスミスは首を横に振った。
「別にそんなことないけど」
ただ、と彼女は続けた。
「本当はムナック帽が欲しかったのになー、って思っただけ」
「売った金で買えばいいじゃん」
プリーストの言葉は至極真っ当だと思われたのだが、ブラックスミスの慰めにはならなかったらしい。
「それじゃ面白くないじゃない!」
彼女は声を張り上げると、驚いた様子のプリーストの前で立ち上がり、右手を強く握り締め、天に向かって振り上げた。
「人間ね、お金があるだけじゃ満足できないの。お金で買えない冒険がアタシを呼ぶのよ!」
「あっそ……」
げんなりとした様子のプリーストに、ブラックスミスは指を突きつけた。
「アンタね、何そのつまらなそうな顔、分かってないわね」
彼女は誇らしげに微笑むと、胸を張って腰に手を当てた。
「いい、冒険と書いてロマンって読むのよ」
「ロマンと読んで貧乏を意味する、ってね」
彼がそう呟くと、ブラックスミスは不満そうな顔をして、その場に座りなおした。
「面白くない奴」
「結構。俺は面白みのない冒険者生活でがんがん稼いで、余生は楽して暮らす事にしてんの」
プリーストは引退後でも仕事あるからな、と付け加えると、彼はシューズをブラックスミスの目の前に突き出した。
「で、あの値段で良いの?」
「だから良いって言ってるじゃない」
彼女がそう答えると、プリーストは言われただけの金額を渡した後、彼女の広げた収集品に目をやった。
「後は良い物なかった?」
ブラックスミスが頷くと、なら、と彼は続けた。
「さっさと売って準備して来い」
予想もしなかった言葉に、ブラックスミスが首を傾げる。
「準備って、何の……?」
「決まってんだろ」
プリーストは手入れの終わった武器を手に持った。
「晩飯にゃ時間早いし、もう一稼ぎ行こうっつってんの」
彼はブラックスミスに向かって笑いかける。
「帽子、欲しいんだろ?」
ブラックスミスは何度か瞬きを繰り返した後、慌てて収集品をカートに積み直し始めた。
「アンタも何だかんだで冒険好きなんじゃない?」
投げ掛けられた言葉に、プリーストは肩を竦める。
「稼げる冒険は大好きだね」
「存分に稼がしてやるわよ!」
ブラックスミスは嬉しそうにそう叫ぶと、収集品商人目差して、カートと共に駆けて行った。
「マジで期待してるわ」
小さくなっていく背中を見つめながら、苦笑して呟くと、彼は武器を握って立ち上がった。
口の中で、自分とブラックスミスと、これから蹴散らされるであろうムナック達に向かって、小さな祈りの言葉を唱えた。





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