愛情料理



ジャガイモのサラダ、鳥のから揚げ、魚の天ぷら。
冒険者達の行きかう道の端、ちょっとした惣菜を扱っている店で、ローグの女は晩のおかずを買い漁っていた。
どれもこれもが、彼女の好物ばかりである。
時刻は夕飯時よりいくらか遅い頃。この時間になると、惣菜の値段が安くなっていることを、彼女は最近の経験から知っていた。 ここ数日の間、ローグは毎日のように、買ったものだけで食事を済ませていた。
冒険者としてあちこちを駆け回って早数年。なり立ての頃は、魔物よりも自分の手を斬らないように気をつけていたナイフが、いつの間にか自在に使いこなせる様になっていた。
それが最近、とみに実感できるようになってきた。
腕が上がったと分かれば、嬉しくなって更に遠いところまで出掛けてみたくなるのは、冒険者になったばかりの頃からちっとも変わっていない。
友人やギルドメンバーと一緒に、また誰も見つからなかった時には適当に暇そうにしている人物に声をかけたり、それでもいなければ一番の相棒であるナイフ類を道連れに、朝から日が暮れるまで狩りに勤しむ。
時々は痛い目に遭いつつも、また腕が上がれば喜んで、更に魔物が強いところへと出掛けていく。
経験と成長が詰まった、有意義な日々。
しかし、それだけ詰まっていればくたびれるのも確かな事。
小さいながら自宅を構えているローグであったが、最近は家に帰っても、料理をすることがなくなった。
したくないのではない。
する元気が残っていないのだ。
動けなくなる寸前まで狩りを楽しんだ後は、収集品を売り払い、その稼ぎの一部で晩御飯を買って帰るのが、最近のローグの日常だった。
選んだ惣菜の代金を払い、店を出る。
真っ暗になった街へと足を踏み出すと、少し遠くに、見知った顔が見えた。
「あーっ!」
ローグの姿を見つけるなり声を上げた相手を見て、彼女は面倒臭そうに顔をしかめた。
「またご飯買ってるの?」
そこにいたのは、彼女の所属するギルドのメンバーである、男アルケミストであった。
駆け寄ってきたアルケミストの身長は、ローグより少しだけ低かった。彼が小さいのではない。ローグが女性としては大きいのだ。
「今日もニンジンの入った料理がないね」
「ニンジン嫌いだし」
子供のようなことを言うローグに、アルケミストは呆れた顔をする。
「好きなものばかり、しかも買ったご飯ばかり食べてると栄養が偏るっていつも言ってるでしょ?」
少しだけ視線を上げて見つめてくるアルケミストに、ローグは唇を尖らせる。
「だって作るの面倒臭い」
「そんな事言って、この間ご飯作ったって聞いたの、もう二週間も前になるんだけど」
可愛らしい、とでも言えそうな顔立ちをしているアルケミストだったが、その実、かなり口うるさいことをローグはよく知っていた。
ここで捕まったら、晩御飯の時間が三十分は遅くなるに違いない。適当に返事をしながら、ローグはさっさと歩き出した。
「ちょっと、話聞いてる?」
早足で歩いているはずだったのだが、アルケミストは一歩も遅れずについてくる。
「聞いてる聞いてる。とりあえずお腹空いてるから帰るわ」
「もー、全然真面目に聞いてないじゃん!」
「ぴーぴーうっさいなあ」
足を止めたローグが、後ろを振り返り、アルケミストを睨みつける。
ローグなんて職業についていることもあってか、彼女の視線にはかなりの凄味があったのだが、アルケミストに怖気ついた様子はない。
「冒険が楽しいのは分かるけど、体も大事にしなきゃ駄目だよ」
「してるって。ちゃんと寝てるしご飯も食べてる」
「そのご飯が問題なんだってば」
「だったらさあ」
イライラした様子で、ローグが呟いた。
「アンタが私に栄養のあるご飯作ってよ。そうしたら好きなものだけでで済ませたりしないから」
それは、腹立ち紛れの言葉で、本気でそれを望んでいたわけではない。
なのに、それを聞いたアルケミストは、きょとんとした表情をした後、やがてぱっと顔を輝かせた。
「そっか、その手があったね!」
「……は?」
思ってもいなかった反応に、ローグがぽかんと口を開けた。
「何も自分に作らせる必要はないんじゃない。そうだよ、僕が作れば良いんだ!」
頭良いねー、と嫌味でも皮肉でもなく、心から言っているらしいアルケミストを見て、ローグは顔を引きつらせた。
「いや、あの、ちょっと言ってみただけだから」
「ううんそれで行こう! 僕頑張って腕を振るうよ!」
きらきらとした表情で言い切るアルケミストを、見てはいけないものを見るような表情で見つめていたローグは、不意に湧き上がってきた疑問を口に出した。
「ていうかアンタ料理できんの?」
「やったことない」
きっぱりとアルケミストが言い切る。
「でもほら、多分薬の調合と同じじゃないかな。材料の混ぜ方と火にかける時間さえ間違えなければ大丈夫だよ」
「いや駄目だと思うけど」
「じゃあ駄目だった時用に胃薬も作るよ」
「尚更駄目じゃん!」
突っ込むローグの言葉も、アルケミストは気にしない。既に何を作るかまで考え始めているようだ。
「じゃあ明日から頑張るから、お腹空かせておいてね!」
料理の本を探しておくよ、と嬉しそうな声で言ったアルケミストは、カートを引いているとは思えない速さで、夜の街へと消えていった。
呆気にとられたままであったローグは、手に提げた惣菜の入った袋を見て、ふと奇妙なことに気付いた。
買った料理は駄目だというくせに、アルケミストは料理が出来ないという。
じゃあ一体誰が彼の食事を準備しているのか。
実家暮らしという話は聞いたことがない。
ということは彼女でもいるのか、と考えたところで、ローグは眉を潜めている自分に気付いた。
慌てて瞬きし、表情を元に戻す。
ありえない。
あんなひ弱で女々しい、しかも押しかけ女房みたいな男、好みから全然外れているじゃないか。
それでも、明日の晩御飯が少しだけ楽しみなことは、ローグも認めざるを得なかった。

翌日、アルケミストと一緒に料理をするホムンクルスの姿を見て、ローグの疑問は一気に解決した。





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