アドモニション・イエロー



プロンテラの中心部に座り込みながら、アルケミストの女性は手袋に覆われた手を擦り合わせた。
時刻はまだ、日が昇って間もない頃だ。明るい青へと色を変えていく空は、夜の寒々しさを抱え込んでいる。手袋越しでも、指の先まで冷えていくような気がしていた。
アルケミストの目の前には、手作りのポーションと一緒に、様々な消耗品と牛乳の瓶が並べられている。意外にも、この時間帯に店を出しておくと、早朝から狩りに行く冒険者に買ってもらえることが多いのだ。現に今日も、並べていた牛乳の三分の一ほどは既に売れている。 昼間と比べれば格段に人通りの少ない道は、しかしちらほらと冒険者の姿を見ることが出来る。こみ上げてきた欠伸をかみ殺そうとしたアルケミストが、口元に手をあてたところで、ぱちりと瞬きする。道の向こうに、見慣れた姿が存在した。
黒いロングコートに黒い帽子、肩から大きな銃を提げた、ガンスリンガーの青年。口元を覆っていたのとは反対の手で、アルケミストは彼に向かって手を振る。気付いたガンスリンガーが、少しだけ笑って手を上げた。
「今日も朝帰り?」
目の前までやってきた、眠そうな顔のガンスリンガーを見上げて、アルケミストが呟いた。鼻先を、誰のものとも分からない扇情的な香りがくすぐる。
「まー、そんなとこ」
笑いながら答えるガンスリンガーの声は、随分と掠れていた。どうやら相当に激しい夜を楽しんだらしい。
「牛乳一本ちょうだいー」
そう言って、ガンスリンガーはポケットから硬貨を取り出す。それと引き替えに、アルケミストは牛乳を手渡してやる。
ありがとう、と言って、ガンスリンガーは瓶の栓を開け、その場で牛乳を飲み始めた。飲み込んでいく喉の動きを、何とはなしに見つめていたアルケミストが、不意に大きく目を見開いた。
「アンタ、ちょっと」
声をかけられて、ガンスリンガーは牛乳の瓶から口を離す。アルケミストの目は、未だにガンスリンガーの喉を見ている。
「首、どうしたの」
アルケミストの言葉に、ガンスリンガーはぎくりと背中を震わせた。
「……ああ」
答えにはなっていない言葉を放って、ガンスリンガーが首へと手をやる。
色の白いガンスリンガーの首筋に、うっすらと残った痣。首の周囲に染み着いているそれは、キスマークなんて可愛らしいものではない。
人の手で、絞められた痕だ。
首に触れたままのガンスリンガーが、ぺろりと舌を覗かせる。
「相手を見誤ったよ」
砂糖と塩を間違えた、とでもいうような口調で、ガンスリンガーは告げた。
「切れ長の目が格好良い色男だったんだけど、こういう趣味は遠慮しておきたいなあ」
死ぬかと思った、と全く緊張感のない様子で笑うガンスリンガーに、アルケミストは顔をしかめる。
「毎夜毎夜男遊びしてるから、そういう目に遭うのよ」
「毎夜じゃないよー、流石に体が持たないもん」
「そういうことを言ってるんじゃない」
分かっているだろうに茶化すガンスリンガーに、アルケミストははっきりと言った。
「あんまり無茶な遊びしないようにね」
「そうだね、気をつける」
案外すんなりと受け入れたガンスリンガーに、アルケミストは意外そうな表情をした。しかし、ガンスリンガーは彼女の前で、昨日の相手を誘ったのと同じような顔で笑う。
「次の無茶は、本気でやるよ」
青と灰のまざったような目が、緩やかに細められた。
全く聞く気なんてなかったガンスリンガーに、アルケミストはやれやれと肩を竦めると、カートの中に手を突っ込んだ。ガンスリンガーが見つめる前で、がちゃがちゃとカートを漁ると、中から牛乳とは異なる瓶を取り出した。
「喉に効くやつ」
ぽい、と放られたものに、ガンスリンガーは慌てて、牛乳を持っているのとは反対の手を伸ばした。
手の中に収まったのは、アルケミストの名前入りのラベルが貼られた、黄色のポーションだった。
「試供品ってことでタダであげる。効き目が良かったら、アンタの周りの悪い遊び友達にも宣伝しといて」
アルケミストが告げると、ガンスリンガーはポーションの瓶を空へとかざした。先程よりは高くなった日の光が、ガラスの瓶を透かしている。
「黄色のって、なんか辛いから好きじゃないんだけどー」
「贅沢言ってんじゃない」
ぼやくガンスリンガーを、アルケミストは一言で切り捨てた。
「本気で無茶するんでしょ?」
ガンスリンガーの放った言葉を、アルケミストが打ち返す。受け取った側のガンスリンガーは、仕方ないといった顔で笑って肩を竦めた。





戻る