ずる休み



寂しかった空き地の変わりように、ハンターは感嘆の溜息を吐いた。
クリスマスに向けて、町はきらびやかに彩られていた。
大人たちに混ざって、両手いっぱいにキラキラした飾りを抱えた子供達が、町中を走り回っている。
「ねえ見てよ見てよ!」
見知った少年が、ハンターの姿を見つけて、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「すげえだろ、これオレが作ったんだぜー」
「どれどれ」
ハンターが覗き込むと、少年は手に持った星の飾りを自慢げに見せた。
「これな、すっげえ高いツリーのてっぺんに飾ってもらうんだ」
そう言ってにこにこと笑う少年の傍に、同い年位の少女が寄って来る。
「何だ、あたしの方が綺麗に出来てるじゃん」
ほら、と彼女も得意げにハンターに飾りを見せてくる。
「お、なかなか良いじゃん」
ハンターがそう呟くと、少女は自慢げな表情を浮かべた。
「でしょ、だからもっと高いツリーに飾ってもらうの」
そう言って胸を張る少女に、少年が食いかかっていく。
「女のクセに生意気なんだよ!」
「これからは女の時代だって、うちのお姉ちゃん言ってたもん。アンタこそ、男のクセに生意気なんじゃない!?」
今にも取っ組み合いを始めそうな二人の前で、ハンターは意地悪く笑った。
「ま、二人ともガキのクセに生意気だって事で」
ガキ、という言葉に、むっとした表情で二人が振り向くと、彼は尚も続けた。
「二人がどんなに頑張ったって、俺の作る飾りには敵わないだろ。それに俺には鷹がいるんだからな。お前らじゃどんなに頑張っても届かない所にだって飾れるんだ。て事で、一番高いツリーのてっぺんは俺のものだね」
勝ち誇ったようにそう言い放つと、少年が睨み付けてきた。
「てめえ、大人のクセにずりーよ」
「大人だからずるいんですー」
更に文句を言おうとする少年の前で、ハンターはおや、と首を傾げる。
「お前、俺と言い争いしてる暇なんか無いでしょ? あっちの子はもう次の仕事に入ってるぞー」
「え、うそ!」
少年が振り向くと、先程まで隣にいた少女は、既に新しい飾りを抱えていた。
彼女はハンター達の方を見ると、べーっと舌を出してから、パタパタと足音を立てて去っていった。
「チキショ、オレも負けてられねぇ!」
少年も駆け出して、ふとハンターの方を振り返った。
「大人なんかに負けるもんか!」
少女と同じ様にべーっと舌を出して、彼も去っていった。
「せいぜい頑張るんだねー」
その背中を笑いながら見送ると、ハンターも歩き出した。


途中まで飾り付けのされた町を見ながら、ハンターはフラフラと歩いた。
辺りを走り回る者は、大人も子供も、とても急がしそうで。
けれど、とても幸せそうな表情をしている。
そんな中、彼はまだ飾り付けのされていない一角を見つけた。
辺りを囲む外壁に沿って、彼はそこへ向かって歩いた。
角を曲がったところで、よく知った姿を見つけて、彼はそっと息を吐いた。
白い息が、空へ昇っていく。
その息よりも白い煙が、目の前のプリーストの煙草から立ち昇っていた。冷たそうな外壁に寄りかかったまま、ぼんやりと空を眺めている。
「こんな所でタバコ吸ってていいの?」
ハンターがそう声を掛けると、プリーストは少し驚いたような表情で煙草を口から離し、彼の方を見て微笑んだ。
「本当は室内で吸いたいんだけど、飾り付けの邪魔になるからね」
「いや、そうじゃなくて」
そんな暇があるのか、と問い掛けるハンターに、彼はああ、と納得したように呟いた。
「小さい子達が頑張ってくれてるから、僕はやる事ないし」
「ずる休みだね」
そう言って笑ったハンターに、まあね、と返して、プリーストは胸ポケットから煙草を取り出した。
「吸うかい?」
「いや、いいよ」
ハンターはそう断ると、プリーストの横に座り、外壁に寄りかかった。
予想はしていたものの、外壁はかなり冷たかった。先程まで歩いていた辺りと違って、人の声があまり聞こえないのが、余計に冷たく感じさせていた。
「もっと賑やかな所に行けば良いのに」
彼がそう言うと、プリーストは困ったように顔をしかめた。
「今はね、どこにいっても喫煙者に対する風当たりが強いんだ。喫煙スペースはどんどん狭くなって、人のいる所じゃ煙草は吸えないと思って良いぐらい」
それに、とプリーストは付け加えた。
「今は、あまり人の楽しそうな姿を見たくないんだ」
何気無く零したその言葉に、ハンターが彼の顔を見上げた。
彼よりも背の高いプリーストが、少し小さく見えた気がした。


プリーストは煙草を一吸いした後、ちょっと愚痴るよ、と呟いた。
断る理由など、ハンターにはどこにもない。
わざわざ愚痴るよ、なんて断りを入れられなくても、彼はプリーストの愚痴ならば聞くつもりであった。
彼が頷いたのを見ると、プリーストは口を開いた。
「何だろうね……人の幸せを素直に祝えないんだ」
彼はぼんやりと、遠くの方を見ていた。
ハンターは何も言わずに、彼の顔を見つめていた。
「この頃忙しくてね、本を読む暇すら無い位だったんだよ。でもね、自分が特別不幸だなんて思わない。世の中には、僕なんかよりもっと苦労している人が沢山いる。今幸せな人だって、必ず苦しかった時があるはずなんだから、妬む事なんかできない。それは分かってるはずなんだけどね」
そこまで言って、彼は煙草を吸った。
煙を吐くのと同時に、言葉を吐き出す。
「なのにね、今は人の幸せが羨ましくて仕方が無い。何で自分ばっかりこんな思いしてるんだろう、って思っちゃうんだよね」
まるで言葉から煙が上がるようだと、ハンターは思った。
静かに積み重なっていった苦しさが、煙となって空へ昇っていくようだ。
「……それでも、口からはすらっと祝福の言葉が出てくるんだ。幸せに、なんて欠片も思ってないのに」
彼はそう言うと、ハンターの方を見て、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「聖職者失格だなぁ……」
その言葉に、ハンターは優しく微笑んで、首を横に振って見せた。


ハンターは壁に寄りかかったまま立ち上がった。
「当たり前みたいにやってるけどさ、人の幸せを喜ぶのって、難しいよね」
プリーストは何も答えなかった。
それを気にもせずに、ハンターは言葉を続けた。
「子供の頃は普通に出来たのに、大人になると出来なくなるんだよね。けど、自分の幸せだけは素直に喜べちゃうんだもん」
そう言うと、ハンターはプリーストの方を見た。
プリーストが彼の方を見ると、彼は悪戯のばれた子供のように笑って囁いた。
「大人って、ずっこいよね」
「……ずっこいよねぇ」
つられたように、プリーストもぎこちなく微笑んだ。
だからさ、とハンターは続ける。
「一緒にずる休みしに行こうよ」
ハンターの不可解な提案に、プリーストが不思議そうな顔になる。
ハンターは視線を空に向けると、軽く首を傾げた。
「クリスマス終わるまでは忙しいだろうから……終わってから年が明けるぐらいまでがいいかな?ずる休みって言うからには、人に見つからないようにしなきゃいけないでしょ。となると、人が少ない所が良いよね……」
彼は壁から身体を離すと、プリーストの方に向き直った。
「どこかさ、行きたい所考えといてよ。俺くつろげる所ならどこでも良いからさ」
「ん、良いけど……?」
未だに不思議そうな顔をしているプリーストに、ハンターは微笑みかけた。
「そこで充分ずる休みすれば、しばらくずるいことする気もなくなるんじゃない?」
その呟きに、プリーストはしばし驚いたような顔をしていたが、やがて優しい微笑みに代わった。
「……それじゃあ、まずはクリスマスまで頑張らないとね」
「だね」
プリーストの言葉に、ハンターも頷いた。
プリーストは胸ポケットから取り出した携帯灰皿に吸殻を入れると、背を預けていた壁から身体を離した。
「さて、何からするかな」
一息吐いてそう呟いた彼に、ハンターが軽く手を打つ。
「そういえば、小さいのがツリーのてっぺんに飾りつけしたがってたんだけど、あいつ等の背じゃ絶対届かないんだよね」
行ってやってくれないか、というハンターに、プリーストは渋い顔になる。
「この間飾り運んだ時、腰痛めたんだよね……」
大丈夫かな、と小さく呟くプリーストに、ハンターが深刻そうな顔で告げる。
「お願いだから、腰は大事にしてよね」
あまりに真面目な声に、プリーストは軽く吹き出すと、こう呟いた。
「そう思うなら、少しは労わって欲しいな?」
ハンターは笑って言葉を返した。
「自分の欲望が勝らない限り、努力します」
とんでもない言葉に、しかしプリーストは笑って肩を竦めた。
「ずるいなあ」
「大人ですから」
冗談ぽく言ったハンターに手を振ると、プリーストは楽しげな町に向かって歩き出した。





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