悪い子への贈り物



倒したサンタポリンの残骸を、ノービスは丹念に調べた。
落ちていたキャンディを拾い、それでもまだ調べ続ける。
「……やっぱ、無いなあ」
彼はそう呟くと、大きく溜息をついてその場に腰を下ろした。
今日はもう、10匹以上はサンタポリンを倒しただろうか。昨日も2桁以上、一昨日だって2桁以上、その前だって随分な数のサンタポリンを倒した。
総計すれば、もの凄い数になっているだろう。
彼は背負っていたリュックを下ろして、中を覗いた。
この数日間で倒したサンタポリンから奪い取ったお菓子で、リュックの中はいっぱいになっていた。
夢のようなそのリュックの中の様子に、しかし彼の表情は暗い。甘い物が大好きな彼にとって、これは幸せ以外のなんでも無いはずなのだが。
「何でサンタの帽子は落とさないんだよ!」
イライラとした口調で、ノービスはそう叫んだ。


どうしてもサンタの帽子が欲しいという訳ではなかった。
しかし、周りの人間皆が持っていると、やはり気になるもので。
一旦気になると、なかなか忘れられずに、気持ちはどんどん大きくなる一方で。
それこそ修羅のような勢いで、ノービスはサンタポリンを狩りまくったのだが、サンタの帽子は一つも出ず、お菓子と疲労だけが増えていくのであった。
それと反比例してクリスマスの楽しい気分が減っていくのだが、必死な本人にそのことに気付く余裕は無い。
今は、サンタの帽子は露店にも結構並んでいるし、買えない値段という訳でもない。
だが、ノービスは大切な人と一緒にいる時間を削ってまで、サンタポリンを狩ってきたのだった。
今更、金を払って買うなどと、彼のプライドが許さなかった。
彼の大切な、誰よりも尊敬するウィザード。
人嫌いで、お祭り騒ぎにも興味のないその人は、サンタの帽子など目もくれないだろう。
彼の事を思い出していると、ノービスは妙に、自分が惨めに思えてきた。
きっと彼なら、今の自分を鼻で笑い飛ばしてくれるに違いない。


先程拾ったキャンディを口に入れると、ノービスは空を見上げた。
キャンディの甘さで、惨めな気分が吹き飛ぶわけではないが、少しだけ、心は軽くなった。こういう時に、彼は自分の単純さを有り難く思う。
太陽は随分と高い位置まで昇っていた。もうすぐ正午というところだろうか。
そろそろ時間切れだな、とノービスは一人考えた。
今日は、ウィザードと一緒に、ルティエに出かける約束をしたのだ。
――無理矢理、連れて行くことにしたというほうが正しいのかもしれないが。
しばらくサンタポリン狩りで会えなかった分、今日は相手が顔をしかめるぐらいに傍にいようと思っていた。
それが遅刻じゃあ、笑い話にもならない。
リュックを背負い直すと、ノービスは立ち上がって、急ぎ足で約束の場所に向かって歩き出した。
途中でサンタポリンの姿を見かけた時、一瞬足が止まってしまったが、彼は雑念を振り払うようにしてまた歩き始めた。
お陰で、約束の時間には遅れずに済んだようだ。
辺りを見回してみると、殆どの人間がサンタの帽子を被っている。
相手はサンタの帽子に興味の無さそうな人間だ。見ないふりをしたって平気だろう。
かなりサンタの帽子が気にはなるのだが、ノービスはウィザードの姿を探す事に専念した。
だが、ウィザードの姿はどこにも見当たらない。
早く来過ぎたかな、とノービスが思った時、背後から声が聞こえた。
「こんな所にいたか」
誰よりも聞きたい声。
ウィザードの声。
知らずに、ノービスの顔が嬉しそうになる。
相手が自分を見つけてくれた事に勝手に運命を感じながら、彼は背後を振り返った。
そしてそのまま、笑顔を凍りつかせた。
「……先輩、それ」
どうにかしてノービスがそう呟くと、ウィザードは、ああ、と頭に手をやった。
「たまたま叩いたら、落としたんだ」
彼の頭の上には、サンタの帽子が乗っていた……。


しばらく硬直したままだったノービスは、やがてがっくりと肩を落として、その場に座り込んでしまった。
「そんなに似合わないか?」
ムッとしたような表情で見下ろしながら聞くウィザードに、ノービスは首を振った。
「俺が必死に探してた帽子を……たまたまで拾うなんて……」
ぼそぼそと彼がそう呟くと、ウィザードの表情は呆れた物に変わった。
「帽子一つで、そんなに落ち込むか?」
「落ち込みますよ……」
ノービスの答えを、ウィザードは鼻で笑う。
「馬鹿か貴様は」
「あー良いです、もう馬鹿で結構ですよ……」
文句を言う気力もないらしいノービスはそう呟くと、大きく息を吐いて、がばっと立ち上がった。
「世の中不公平だ! 絶対間違ってる!」
「大声で騒ぐな!」
ウィザードに怒られても、ノービスの主張は止まらない。
「何で俺が頑張っても拾えない物を、先輩は簡単に拾えるんですか! そんなのおかしいじゃないですかぁっ!」
半ばやけくそになってるノービスの叫びに、ウィザードは驚いたような表情をした。
そして、やれやれと首を横に振った。
「そんな事も分からないのか……」
「え、先輩分かるんですか?」
今度はノービスが驚いたような表情をする。
ウィザードは軽く笑うと、小さな声で呟いた。
「サンタクロースは、良い子にしかプレゼントをくれないんだぞ」
まるで子供に言い聞かせるような言葉に、ノービスは呆気に取られてしまった。
間抜けな表情の彼の前で、ウィザードは意地の悪い微笑みを浮かべて見せた。


ウィザードの微笑みに見惚れていたノービスは、我に返ると顔をしかめた。
「それってつまり、俺が悪い子だからサンタの帽子が拾えないんだって事ですか?」
ウィザードが首を縦に振る。
えー、と不満そうな声を上げて、ノービスが否定する。
「俺凄い良い子だと思いますよ。人の敵は取らないし、詐欺もしないし、先輩には至れり尽くせりだし」
「でも拾い食いはするだろ」
ウィザードの指摘に、ノービスが詰まる。
「で、でもそれは先輩もじゃないですか!」
彼がそう言うと、ウィザードは軽く肩を竦めた。
「私は拾った食べ物は全部売り払っている」
大体、あまり使わないしな、と付け加えたウィザードに、ノービスは今度こそ反論できなくなった。
しばらく黙っていたノービスは、不意に手を打つと、小さく頷いた。
「……よし分かった」
ノービスのようやく放った言葉に、ウィザードは首をかしげた。
「これからルティエ行って、サンタさんに会って、それで俺が良い子か悪い子か見極めてもらいましょう!」
「好きにしろ」
つまらなそうにウィザードが呟くと、ノービスは大きく頷いた。
「それじゃ先輩、早速行きましょう」
「ちょっと待て」
今にも駆け出しそうなノービスを、ウィザードが引き止める。
「何です?」
首をかしげたノービスの頭にそっと、サンタの帽子を乗せてやる。
乗せられた帽子にそっと触れると、ノービスはウィザードの顔をまじまじと見つめた。
「私は悪い子にプレゼントをあげない、とは言ってないだろう」
彼はそれだけ言うと、さっさと歩き出してしまった。
「……先輩、素直じゃないんだから」
聞こえないように小さく呟くと、少し離れてしまったウィザードが振り返り、早く来いという感じに手を動かした。
その顔が少し赤かったのは、ノービスの見間違いだったのだろうか。
彼はにっこりと笑うと、ウィザードの後を追って走り出した。
何となく欲しかっただけのサンタの帽子。
ようやく手に入ったそれは、彼にとって、とても大切な宝物になってしまった。





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