クリスマスの裏通り



人通りの少ない裏路地で、彼は露店を開いていた。
「もーお姉様最高、ステキ! おまけにこれもあげちゃう!」
そう叫んで、商人の青年は自らの懐からポリン人形を取り出した。
「あら坊や、いいの? これだって貴重な収入源でしょ?」
彼の目の前に立っていた修道女がそう言うと、彼は大きく首を横に振った。
頭につけているゴーグルがカチャカチャと音を出す。
「いえいえ、俺から貴女へのクリスマスプレゼント。それに、お姉様に会えた事を考えりゃ安いモンですよ」
ささ、うけとって、と彼は修道女の手にポリン人形を押し付けた。
「かわいいわ」
「んでしょ、これ苦労したのよ。俺がポリンを見つけては割り、見つけては割り……」
「ああ、これじゃなくて貴方の事よ」
修道女は艶然と微笑むと、彼の頬に口付けした。
しばらく呆気に取られていた青年だが、事態を理解すると、ガッツポーズで飛び上がった。
「もう、お姉様ってば、そんな分かりきった事言わないでよ!」
彼は頬を大事そうに押さえながら、修道女に向かってウインクした。
彼女も笑ってウインクを返すと、自らの荷物袋にポリン人形を詰め込んだ。中には大量の空き瓶が詰まっている。
「また買いに来るわ。ところで、今からでもいいから大通りに行ったら? クリスマスなんだし、結構売れるはずよ」
修道女が立ち上がってそう言うと、商人は首を横に振った。
「俺みたいな美男子が大通りに行ってみなさいよ。周りのお嬢様方が全部俺のところに来ちゃうじゃない。他のヤツの商売を邪魔しちゃ悪いでしょ?」
「それもそうね」
真面目な顔をして答えた商人に、修道女は笑って頷いた。
「じゃあ、良いクリスマスを」
「ハイハイ、お姉様もお仕事頑張って!」
修道女の背中に向かって、商人は立ち上がり、大きく手を振った。
その背中が小さくなり、建物の影に隠れて見えなくなったところで、彼はやっと手を振るのを止めた。


商人は少しゴーグルをいじると、大きく溜息をついて、元の石畳に座り込んだ。
恐ろしく冷たかった。
「あ〜……クリスマスなんか嫌いだぁ」
これ言ったの今日だけで何回目だっけ、と彼は首をかしげた。
街中でいちゃつくカップルを見たときに一回。露店の多い通りで互いのプレゼントを選ぶカップルを見たときに一回。二人仲良くサンタ帽を被っているカップルを見たときに……もうやめよう。
ともかく、こういう行事のある日ほど、独り者の自分が惨めに思えるのだ。
「さっきのお姉様、とってもステキだったんだけどなぁ」
何しろ修道女、しかもプリーストである。クリスマスは忙しいに決まっていた。
もう一度溜息をつき、彼は足元に転がっていた石を指で弾き飛ばした。
――こんなんだったら、この間のあの子と仲良くしておくんだったな。
「おい、目を開けたまま眠っているのか?」
臨時パーティで一緒だった弓使いの少女を思い出していると、頭上から急に声をかけられた。
顔を上げると、見慣れたマジシャンの衣装に、長めの赤い髪が目に入った。
商人の青年はまた溜息をついた。
「何だお前か」
「いきなり失礼な奴だな」
つまらなさを隠す事無く呟く商人に、マジシャンの青年は顔をしかめた。


商人はカートからリンゴを幾つか取り出して袋に詰めると、マジシャンの青年に渡した。
「……毒リンゴ?」
「違えよ、クリスマスプレゼント」
途端に、マジシャンが気味の悪いものでも見たような顔になる。
「何よその顔」
「お前が男にプレゼントって……天変地異の前触れか?」
「そうそう。俺みたいないい男が彼女もなくクリスマスにお店開いてるんだぜ。どう考えても天変地異の前触れだろーが」
そこまで言うと、彼はゴーグルを外し、手袋を外して、背中辺りまで伸びた紫の髪を乱暴に掻き毟った。
「つーか路地裏寒い。マジ寒い。ねぇそのマント貸してくんない?」
「誰が貸すか」
遠慮なく言い放ったマジシャンのマントを、商人が掴んだ。
「んじゃあさ、俺も入れて」
「誰がそんなみっともない事するか」
「いいじゃん誰も見てないし」
「そういう問題じゃないだろ。いいから離せ」
「けちだねー」
商人はそう呟くと、マントを軽く引っ張った。
「う、わっ」
バランスを崩したマジシャンが、商人の上に倒れ込むような姿勢になった。
「あら、言葉の割には大胆」
「お前のせいだろっ!」
半ば抱きしめるような形で支えた商人に、マジシャンは怒鳴りつけた。


「大体、寒いならば町の中央で店を開けば良いじゃないか」
そう言いながら、マジシャンは商人の横に座り直した。
商人は退屈そうに足元の石を投げた。
「クリスマスにあんなところで店開けるわけ無いじゃん」
「それもそうか。確かに、酷い混み様だったし……」
「あー違う違う」
納得するマジシャンの横で、商人は首を横に振った。
「どこを見ても幸せそうなカップルばかり。たまに一人で歩いてる美女を見かけたって、恋人の為のプレゼント探しの途中だったりするし」
あんな所で店なんか出来るか、と呟く商人に、マジシャンは溜息をついた。
「阿呆」
「ほっとけ」
商人はそう言うと、カートの中を漁り始めた。安価な回復アイテムや、消耗品ばかりが残っていた。
「んー、今日はもう売れなそうだな」
いつもだったらこれからが勝負なんだけど、と心の中で呟いて、彼は立ち上がった。
太陽はちょうど傾き始めたところだった。
「あー寒い。お前昼飯食った?」
「いや、まだだけど」
「じゃあ食いに行こう」
そう言って、彼は広げていた商品をカートにしまい込んだ。


マジシャンも立ち上がった。
「いいけど、どこの店も恋人や友人同士で溢れかえってるぞ」
何気ないその言葉に、商人が途端に嫌そうな顔をする。
「それ独り身の奴に対するいじめじゃない?」
「ああ、そうとしか思えない」
マジシャンも頷く。
商人は軽く舌打ちすると、外していたゴーグルを被り直しながら呟いた。
「飯ぐらい楽しい気分で食わせろよー……って、ああ、そっか」
急に彼が手を叩いた。
「お前、一緒に食事する奴探してたのか」
「はぁ?」
思わず間抜けな声を上げてしまったマジシャンをよそに、商人は一人納得する。
「そっか、お前人付き合い悪いと思ってたけど、下手なだけだったんだな。かまって欲しけりゃ、さっさと言ってくれれば良かったのに」
そう言って、彼はマジシャンの頭を撫でた。
「馬鹿かっ、何一人で勘違いして……」
「照れるなって。ほれ、行くぞ」
嫌がるマジシャンの手を掴み、商人は町の中央へ向かって歩き出した。
商人は手袋をつけていない。
「お前、手袋つけないのか?」
「つけてる間にお前逃げそうなんだもん」
「……逃げないからつけろよ」
見てるこっちが寒い、とマジシャンが呟いた。
商人は笑って、彼の手を離した。
「やっぱりかまって欲しかったんだ」
「黙れ」





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