年下の幼なじみ



ブラックスミスの青年が、ゲフェンの町を歩いている。
その足取り、顔つきともに、機嫌が良いのがよく分かるようなものであった。
年下の、幼なじみの少女から、転職する旨を聞いたのがつい先程。
もし暇だったら、という控えめの誘い言葉に、ブラックスミスは二つ返事で答えた。
普段なら歩くかポタ屋に頼む、首都からゲフェンまでの道程も、今日はカプラ転送サービスに頼ってしまった。
それ程に、彼は幼なじみの転職を楽しみにしていたのだ。
ブラックスミスの記憶の中で、幼なじみの少女はいつもふわふわとした笑みを浮かべている。
あちこちで悪戯したり、喧嘩したりしていた幼少のブラックスミスや彼の友人達の中に、少女はいつの間にか紛れ込み、馴染んでいた。
おっとりのんびりな性格の彼女は、苛められたりからかわれたり、時には泣かされることもあったのだが、ブラックスミス達が遊びに呼ぶと、いつだって嬉しそうな顔をしてついてくるのだった。
時折、彼らとは違うグループの子供達に本気で泣かされたりするのを見ると、年上年下お構いなく、彼らはあだ討ちと言わんばかりの盛大な喧嘩を仕掛けたものだ。
口では酷い事も沢山言っていたが、大切な友達の一人に違いなかった。
そんな少女が、冒険者になったのは、ブラックスミスがノービスとしての修行を終え、やっと商人になったという時だった。


ブラックスミスを目指して家を飛び出した彼の前に、ノービス姿の少女が現れた時は心底驚いたものだ。
製造ブラックスミスを目指す、という彼女に、口では頑張れと言いつつも、内心で無理だと思っていた。
彼女のような、ぼんやりした子が冒険者になれるはずが無い。
しかし、彼の期待は見事に裏切られた。
彼女はあちこちを旅し、色々な人々と知り合い、ギルドにも入ったという。
その間、誰かに頼るという事もなく、少女は製造ブラックスミスを目指して修行を続けた。
ブラックスミスが旅先で昔からの友人に会うと、彼らは大抵少女の話をした。
――あの子、本当に製造BSになるのかしら。
――まさか、無理でしょ。
――でもさ、泣き言一つ言わないで修行してるっていうじゃない。
――……いつまで続くかねえ。
無責任な会話を交わしつつも、いつしか彼らは、少女が製造ブラックスミスになれると信じ始めていた。
そして、少女はやり遂げてしまったのだ。
転職出来ると知った彼女は、喜んで幼なじみ達に声をかけたらしい。ブラックスミス以外にも、子供時代の友人を何人も呼んだそうだ。
そのほとんどが、喜んで見に行くと答えたらしい。
そりゃそうだ、とブラックスミスは内心で呟く。誰もが彼女の事を心配し、誰もが彼女の転職を楽しみにしていたに違いない。
勿論、自分も。
「お、来たか」
不意に声を掛けられ、ブラックスミスは回想を中断した。
少し離れたところに、懐かしい悪友の面影を持つ青年が、クルセイダーの装束をまとって座っていた。


ブラックスミスは傍に寄ると、へえ、と感心したような声を上げた。
「お前、クルセになってたんだ」
すると、クルセイダーは渋い顔をして見せた。
「転職ん時呼んだじゃん」
「……あれ、そうだっけ?」
「だけどお前、忙しいとか言って来なかったんだよな」
「あー……性格の歪んだウィズ様と狩りの真っ最中だったもんで」
すると、クルセイダーは表情を明るいものにして、目を輝かせた。
「それ美女?」
「お察しください」
「OK察した」
軽く流すブラックスミスに、クルセイダーは笑って返した。
クルセイダーの横に立つと、ブラックスミスは辺りを見回した。
少女との待ち合わせ場所は、ゲフェンの噴水広場だった。ちらほらと人の姿はあるものの、彼らの見知った顔は他に無さそうだ。
ふと、クルセイダーが呟いた。
「アイツ、マジでBSになっちゃうんだな……」
「やっぱ、実感湧かねえ?」
ブラックスミスが問い掛けると、クルセイダーは、まあな、と答えた。
「だって俺らの後ろついて回ってたハナタレ娘が、だぞ。実感湧かなくて当たり前だろ」
「まあ、その頃のハナタレ小僧も、こんなにでっかくなっちまった訳だし」
ブラックスミスがクルセイダーの鎧をがんがんと叩くと、二人は一緒になって笑い出した。
「ほんっと、おっそろしいよな」
「うんうん、アイツもさぞかしでかくなったんだろうな」
ブラックスミスが笑いながらそう言うと、クルセイダーの動きがぴたりと止まった。


ブラックスミスは少し不思議そうな顔でクルセイダーを覗き込んだが、やがて、意地の悪い笑みを浮かべた。
「実は寂しかったりする?」
すると、クルセイダーはいや、とかその、とか口篭った後、困ったように額に手を当てた。
「寂しいってか、会った時の違和感ってかね……」
「何、お前もう会ってるの?」
驚いた様子のブラックスミスに、クルセイダーはああそうか、と呟いた。
「お前、ノビ時代にしか会ってないんだっけ」
「そそ。それもなりたての」
ブラックスミスが答えると、クルセイダーは小さく溜息を吐いた後、ぽん、とブラックスミスの肩に手を置いた。
「先南無」
「いきなり何だよそれは!」
「俺にはそれしか言えないわ……」
「いやそれだけじゃ分かんねえって!」
ブラックスミスが更に問い詰めようとしたその時だ。
「来てくれたんだ!」
彼の後ろで、少女の声がした。
紛う事無い、ぼんやりとした幼なじみの、ブラックスミスを目指していた少女の声だ。
ブラックスミスは振り向いた。
久しぶりだな、元気にしてたか、とうとう転職だな。
言いたい言葉は色々あった。
が、彼の口から声は出ず、代わりにぱくぱくと意味の無い動きをするだけとなってしまった。
「どうかしたの?」
商人姿の幼なじみが、不思議そうな顔をしてブラックスミスの傍まで寄ってきた。
「……や、随分大きくなったなあ、って……」
どうにかしてそう呟くと、ブラックスミスは商人の少女を「見上げた」……。


ブラックスミスの記憶の中では、幼なじみの少女は彼よりも頭一つ半以上も小さかった。
しかし、今目の前にいる商人は、顔立ちも声も、紛れも無く懐かしいものなのに、身長だけはブラックスミスよりも高いのだ。
ブラックスミスの呆然とした様子に気付かないのか、商人の少女は嬉しそうな顔をした。
「冒険者になって、牛乳沢山飲むようになったでしょ? そしたらどんどん大きくなって」
そう言って笑う彼女の顔は、彼らの後ろをついてきていた頃と何も変わらないのだが、呆然とするブラックスミスと頭を抱えるクルセイダーには、何の慰めにもならなかった。
「……あ、そうなの、それは……凄いな、うん」
何とも間抜けな顔でブラックスミスがそう呟くと、商人はえっへんと胸を張って見せた。その胸も、身長同様、かなり成長している。
「今いるギルドでも二番目に背が高いんだー」
自慢げに言った商人に、ブラックスミスが質問、とおずおずと手を上げる。
「そのギルドって、男一人、とか……?」
「ううん」
「じゃあ全員女とか……」
「大体半々ぐらいだよ」
つまり、かなりの男性の身長も超えているという事だ。
男二人が何も言わないでいると、商人のポケットの中で、鈴が転がるような音がした。
彼女は慌ててポケットから何かを取り出して呟くと、ブラックスミス達の方に向き直った。
「ギルメンが探してるから、もうちょっと待っててね」
商人はそう言うと、カートを引きずって軽快に駆け出していった。
後に残されたブラックスミスは、しばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがてよろよろとクルセイダーの隣に座り込んだ。
頭を抱え込んでいたクルセイダーがようやく顔を上げて、ブラックスミスを見た。
「抜かれた?」
「……抜かれた」
何がなんて聞き返す必要もない。
「まあ、その、あれだ……南無」
「……南無あり」
そう答えて、ブラックスミスは溜息を吐いた。


まさか、そこまで大きくなってるとは思わなかった。
自分より身長の低かった者、しかも女性に身長を抜かれる事が、これほどまでに衝撃的なことだとは想像もしなかった。
「なんつーかさ、こんなのは男の勝手な妄想だとは思うんだけどさ……」
もぞもぞと、ブラックスミスは口を動かした。
「育ちすぎるのも、複雑だよな……」
「……だな」
クルセイダーはそう答えると、大きく息を吐いた。
「これじゃ父親の心境だよな」
「止めてくれ、冗談じゃねえよ……」
頭を抱え込んだブラックスミスに、クルセイダーは笑って言った。
「まあ、俺はまだ抜かれてなかったぞ」
ブラックスミスは軽く舌打ちした。
「へいへいそりゃー良か……って、『まだ』?」
聞き返すブラックスミスに、クルセイダーの表情が強張る。
「あの、それはまさか……?」
ブラックスミスが心配そうに問い掛けると、クルセイダーはしばらく黙り込んでいたが、やがて乾いた笑い声を上げて呟いた。
「……まだ成長止まってないんだとさ」
「マジっすか……」
「マジマジ」
クルセイダーがそう答えたのを最後に、二人の会話は止まってしまった。
噴水広場で大人の男二人が並んで座り込む様子はかなり窮屈そうなのだが、彼らは自分達が随分と小さな生き物のように思えて仕方が無かった。
「俺もまだ、伸びる……と、いいな……」
ぼんやりとしたブラックスミスの呟きは、余計に虚しくさせるだけであった。





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