いつまでも帰りを待つ人の手紙



親愛なる貴方へ

お元気ですか?
随分寒くなってきましたね。
この時期に貴方がよく手を痛めていたのを思い出し、少しだけ心配しています。
バードになってからは、昔よりよくなりましたか?
貴方の事ですから、手を痛めていても無茶な演奏を続けているのではないでしょうか?
貴方が私の傍にいた頃は、貴方はいつも誰かが楽しい気持ちでいられるようにと笑っていましたし。
人の事を思いながら歌う貴方の事を、皆大切に思っているでしょう。少なくとも私はそうでした。
だから、あまり無茶な事はしないで下さいね。
私は手は荒れていませんが、寒さのせいか、風邪をひいたらしく、少し辛いです。
手を痛めて武器を握れなくなるよりはましかも知れませんが。
こんな事を貴方の前で言ったら、「だから体調管理はしっかりしろって言ったのに」と呆れられてしまうかもしれませんね。
それでも、貴方が心配してくれているんだと思うと、何だか嬉しいような気分になってしまいます。


久々に戻ってくると聞いたのに、貴方に顔も合わせず、手紙を置いていく私をどうかお許しください。
貴方の家の前で、帰ってくるのを待っていようかとも思ったのですが、貴方に会ってしまうと、何から話して良いのか分からなくなって、上手く喋れなくなりそうな気がします。
耳打ちという方法も考えたのですが、旅に出た貴方に一度も送っていないのに、今更過ぎる気がして、それも止める事にしました。
すぐ近くにいるはずなのに、耳打ちを送ろうかと悩む事は、貴方と私の距離を示すように感じられて、何だか寂しいような気分になってしまいました。
こんな風に色々と弁解するように書きましたが、本当のところは、貴方に会うのが怖いだけなのかもしれない。
別れてから随分と時間も経ちましたし、貴方も私も、あの頃より成長したはずです。
けれど、変わったのは年齢や体つきだけではないでしょう。
会わないうちに、きっと貴方と私との間は広くなってしまったと思います。
昔みたいに、隣に並んで歩いたり、向かい合わせで話し合ったり出来なくなっているかもしれません。
それでも、私の中の貴方は、一緒に過ごしていた頃の貴方のままなのです。
貴方が自分の記憶とまるで別人になっていたら。
そう考えると、貴方に会うのが怖くなってしまいます。


私や友人達は会えませんが、実家の方には顔を出してあげてくださいね。
バードになる為に、家出同然で旅に出たといっても、帰ってくれば暖かく迎えてくれるでしょう。
皆、貴方が元気にしているか心配していますよ。
貴方の妹は、この間剣士に転職しました。
貴方が旅に出た頃はまだ小さかったのに、今では随分と大きくなり、いつかは貴方に勝つとまで言うようになりました。
本人は口に出しませんが、やはり貴方が旅に出てしまったのが寂しくて仕方が無いようです。
貴方が旅に出た日から、彼女は毎日のように、剣の特訓という理由をつけて、私のところへ遊びに来るのですから。
貴方の弟も、弓の腕をどんどん上げています。
覚えの良い子ですから、旅立った時の貴方よりも強くなってるかもしれません。
外では生意気な事も言っているそうですが、私の前では年相応の子供らしい表情を見せてくれます。
本当は貴方に甘えたかったんでしょうね。
はっきりとした夢もなく、ただひたすらに前に進むだけの私よりも、自分のやりたい事の為に生きている貴方の方が、彼らにも格好良く見えていると思います。
素直になれない子達だとは思いますが、思う存分甘えさせてあげてください。


貴方と別れてからも、私はそれまでと全く同じ生活を送ってきました。
そうする事で、貴方が傍にいない事が普通だと思えるようになりたかったのです。
貴方が旅立った時に、貴方との思い出は全て捨てたつもりでした。
実際、毎日が忙しくて、貴方を思い出す暇なんてありませんでした。
ですが、そう簡単にはいかないようです。
疲れているのでしょうか。
この頃、貴方と過ごした日々を思い出す事が増えています。
今までも、辛い事や悲しい事があった時には、よく貴方の事を思い出していました。
そういう時はいつも、貴方の事を忘れるまで、何もせずにぼんやりと考え込みます。
そうする事で、いつもの生活に戻る事が出来ました。
これほど長い間、強く貴方の事を考える事なんてありませんでした。
本当は、今すぐにでも貴方に会いたい。
あの頃とは全く違う貴方でもいいから会いたい。
けれど、そうしたら、きっと私は貴方を引き留めてしまう。
貴方と離れたくなくなる。
そうなる事が、一番怖い。
だから、今回は貴方には会いません。
貴方も私も、やらなくてはならない事がまだ沢山あります。
全てが終わったら、私は本当に、貴方の帰りを待つ事が出来るようになるでしょう。
その頃には、きっと貴方は私の事を忘れているでしょうね。
私よりも大事な人が傍にいるかもしれません。
でも、それで構わないのです。
貴方は、貴方自身と、貴方の大切な人のために生きてください。

貴方が私を忘れても、私は貴方の帰りを待ち続けます。

誰よりも貴方の幸せを祈る者より




机の前で考え込むクルセイダーは、引き出しから、先程書き上げた手紙の入った封筒を取り出した。
それをじっと見つめると、困ったような顔で小さく笑った。
「いくら何でも女々しすぎる、か……」
彼はそう呟くと、手紙の入った封筒を懐にしまって、部屋の外へ歩き出した。
手紙はそのまま、誰にも読まれる事は無かった。





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