期待と勘違い



背中に伝わる冷たさに、バードは一つ、身震いをした。
秋の深まったゲフェンの日暮れは、次第に寒さを増していく。
多くの冒険者達は、今日の寝床と夕食を求めて、宿や酒場の中で冷えた体を温めている事だろう。
だがそのバードは、魔法学校の入り口近くの壁に背を預けて、赤から濃紺に色を変えていく空を眺めていた。
「あら」
背後から聞こえた声に、バードは嬉しそうに振り向いた。
そこには、魔法学校から出てきたばかりと思われる女性のウィザードが、
片手に杖と荷物を持って、少しばかり不思議な顔をして立っていた。
「何してるの?」
「待ってたに決まってんじゃん」
ウィザードの問い掛けに、バードは軽く笑って答えた。
ウィザードは微かに目を見開き、あら、と口元に杖を握っていない方の手を当てた。
「珍しい事もあるものね」
すると、バードは悪戯のばれた子供のような顔で、ぺろっと舌を出した。
「ここで待ってたら親切などこかの誰かさんが晩御飯おごってくれないかな、と」
「あらあら」
呆れたような声を上げて、ウィザードは腰に手を当てた。
「嘘でもいいから、女性の夜道の一人歩きは危険だと思って、ぐらい言ってみせなさいな」
それを聞くと、バードは頭を掻いていた手を降ろして姿勢を正し、表情を真面目なものに改めた。
「女性が一人夜道を歩くのは危険と思いましたので、お迎えに参りました」
「はい貴方のおごり決定」
「何でさ!」
情けない声を上げたバードに、ウィザードは笑って首を横に振る。
「ひねりも何もないんですもの」
彼女はそう言うと、バードを置いて一人すたすたと歩き出してしまった。
バードはちぇっ、と呟いて、ウィザードの後に続いた。
女性としては少し背の高いウィザードは、足も長いらしく、普通に歩いていてもバードに追い抜かされるという事はなかった。
マントに隠れて見えないウィザードの足を、バードは目で探るようにしていたが、やがて暗くなった空を見上げた後、視線を彼女の頭に移した。薄暗い中でも、ウィザードの髪は艶やかさを失わず、右に左にゆらゆらと揺れている。
柔らかそうな髪に手を伸ばしそうになったところで、ウィザードが背を向けたままで口を開いた。
「貴方バードなんだから、もう少し気の効いた台詞ぐらい言える様になりなさい」
慌てて手を引っ込めると、バードは不満そうな声をあげた。
「そんな事して変な期待持たせちゃ可哀相じゃん」
「持たない持たない」
「即答かよ!」
バードの叫びに、ウィザードは華やかな笑い声を上げた。
バードはつまらなそうな顔をしたが、やがて何かを思いついたらしく、それを引っ込めると、早足でウィザードに近寄った。
その隣に立ち、おもむろにウィザードの手を握りしめた。
ウィザードの足が止まる。
何事かと顔を覗き込んでくるウィザードに、バードは悪戯っぽく笑う。
「こんな事しても?」
ウィザードは何度か瞬きを繰り返した後、軽く笑ってバードの手を振り払った。
「勘違いするのは周りの人だけ」
ウィザードがそう言うと、バードは振り払われた手をぼんやりと見つめた後、肩を竦めて、つまらなそうに頭の後ろで腕を組んだ。
「たまには焦るところが見れると思ったのにー」
バードがぼやくと、ウィザードはふふ、と小さく笑った。
「十年早い」
「そっか、今年の誕生日で確か……いや待て、街中で大魔法は良くないよ、うん!」
杖を持ち直してウィザードがストームガストの構成を立て始めたのを見て、バードは慌ててそう叫んだ。
ウィザードは精神集中を解き、杖の先で軽くバードの頭を叩くと、安心なさい、と呟いた。
「何が?」
ウィザードのいきなりの言葉に、バードは叩かれた箇所を押さえながら首を傾げた。
「晩御飯おごってあげるぐらいの仲にはなってあげるから」
「……そりゃどーも」
「もっと嬉しそうな顔なさい」
ウィザードはそう言うと、バードの腕に、自分の腕を絡ませた。
呆気にとられた様な顔をするバードをちらりと見ると、彼女は引きずるようにして歩き始めた。
「……大胆ですね」
ようやく、バードがそれだけ呟いた。
いきなりの事で、幾分強張っているバードの腕に、ウィザードはぐっと自分の体を寄せた。
「これで何人ぐらいが勘違いするかしら」
「見た人ほとんど全員でしょ」
――俺も含めて。
そう思いながら、バードは期待を胸に、別の言葉を口に乗せた。
「出来るなら、手料理食わせて欲しいんだけど」
「彼岸が見えるって有名な私の手料理?」
「……すんません何でも無いです」
そこまでの勇気はないと、バードは首を横に振った。





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