銀の軌跡



クリスマスが近くなったプロンテラは、町中が綺麗に飾りつけられていた。
「お」
やはり綺麗に飾り付けられた、花屋の屋台前で、狩りの清算をしていたプリーストが声を上げた。
「何?」
プリーストと共に狩りに出て、今は隣で剣の手入れをしていた騎士が、プリーストを見た。
ほら、とプリーストが手に持ったものを騎士に見せる。
「銀の指輪」
プリーストの手の中で、小さな銀色の光が零れた。
「こんなの拾ってたのか」
「らしいね」
まじまじと見つめる騎士に、プリーストは指輪を手渡してやった。
手入れに邪魔だったのか、手袋を外した騎士の手が、指輪を受け取る。
薄汚れていた指輪は、騎士が剣の手入れに使っていた布で表面を擦ると、すぐに銀色の輝きを取り戻した。
騎士は指輪から視線を外すと、プリーストを見た。
「なあ、これ買い取って良いか?」
「どうすんの?」
プリーストの問いに、騎士は鼻の頭を掻く。
「うちのギルメンにアーチャーの娘がいるんだけどさ」
「知ってる」
騎士が言うアーチャーには、プリーストも会ったことがある。快活な少女で、まだ自分や騎士程の強さには達していなかったが、熱心に弓の訓練を行っているのを見たことがある。
「あいつが銀の指輪欲しがってて……」
「おいおい、こんな素敵な彼氏さんがいる前で、別の子にするクリスマスプレゼントの話かい?」
軽い口調で囁けば、騎士は声を荒げた。
「バッカ、ちげえよ! 名前彫ってもらいたいから、指輪が出たら売ってくれって頼まれてたんだよ」
違う、という言葉が「素敵な彼氏」にはかかっていない事を確認して、プリーストは口元に笑みを浮かべた。
「そういう事ね」
けれど、それについては、何も触れないことにした。


プリーストは肩を竦めた。
「期待して損した」
「期待?」
うん、とプリーストが頷く。
「てっきり、お前の名前入れて俺にくれるもんだと」
「やらねえよ」
騎士が笑う。
「そんなもんもらったって、邪魔にしかならないだろ」
「お前は邪魔か?」
プリーストの言葉に、騎士は戸惑うような顔をした。
「……いや、邪魔つうか……似合わないし」
騎士は指輪を、軽く宙に放り投げる。
日の光を浴びて、銀の指輪は、街の飾り付けにも負けない輝きを放つ。
銀色の軌跡を残しながら、小さな指輪は、プリーストの手の中へと戻ってきた。
「男でも綺麗に手入れされてるなら良いかもしれないけどさ、俺の手、すっげえごついし」
騎士が目の前に手をかざす。
彼の言うとおり、その手はごつごつとした、騎士らしいものであった。
「そんなに卑下するもんじゃないぞ」
「卑下したわけじゃない」
「そうかねえ」
プリーストは騎士に向かって指輪を投げ返してやる。
騎士の手が、銀の指輪を捕まえるのを見てから、プリーストが囁く。
「俺はお前の手、結構好きなんだけど」
「……どこが良いんだか」
指輪を乗せた手の平を、騎士は軽く握りしめる。
その頬が、少し赤くなっているのを、プリーストは見逃さなかった。


握り締められている騎士の手に、プリーストはそっと触れる。
ぴく、と震えた騎士の手を、捕らえるように包み込む。
剣の手入れをしていたためか、むき出しの手は、随分と冷えていた。
自らの前まで引き寄せて、握り締められていた指を、一本一本解いていく。
プリーストの指と比べると、騎士の指は随分と力強いものに見えた。けれど、プリーストが解こうとすると、騎士の指は小さく震えながら、されるままになっていた。
手の中に銀の指輪が生まれた頃には、騎士の手は幾らか温まっていた。
今騎士はどんな顔をしているのだろう。そう考えながら、プリーストは銀色の指輪を隠すように、騎士の手に自分の手を重ねた。
「お前はこの手で剣を振ってくれる」
愛しげな仕草で、プリーストは騎士の手を撫でる。
「剣を握ってるお前が、俺は好きだし、安心できる」
「安心?」
プリーストは頷く。
「なんかヘマやらかして、化け物にぶっ殺されそうになっても、きっとお前が助けてくれるって思えるから」
重ねた手を、プリーストはぎゅっと握り締める。
「俺の命は、お前の手に預けてるんだよ」
握り締めていた手を離し、プリーストは、騎士の手の上から、銀の指輪を摘み上げる。
二人して握り締めていたせいか、金属で出来た指輪は、仄かに温かくなっていた。
一度光にかざすようにして眺めた後、プリーストはおもむろに、騎士の手を裏返した。
甲を向けた騎士の手を、自らの前に引き寄せる。
「……ああ、ぴったりだ」
嬉しそうな声で、プリーストが呟く。
銀色の指輪は、男性である二人から見れば小さいものであったが、騎士の小指には綺麗に収まっていた。
プリーストが騎士の顔を覗き込む。
先程より、騎士は更に顔を真っ赤に染めていた。


プリーストの視線から逃げるように、騎士が俯く。
「……そん、な、事……言ったら」
掠れた声が、騎士の口から漏れた。
「俺だって……お前が支援してくれるって、思ってるし。俺の命とか、お前が預かってるようなもんだし」
「はっはっは今頃気づいたか俺様のありがたさに」
「……お前なあ」
急にふざけた様子になったプリーストに、騎士は照れを隠すように顔をしかめた。
プリーストは得意げに笑ってみせる。
「今度は俺の名前入れた奴にするわ」
「まだやる気かよ」
「当然」
きっぱりと言い切ったプリーストに、うんざりしたような顔で、騎士は呟く。
「……じゃあ、今度はお前もつけろよ」
そして、小さな声で付け加える。
「俺の、名前が入ってる奴」
プリーストは、嬉しそうに笑った。
「了解」
指輪を嵌めたままの騎士の手を、プリーストが掴む。
騎士の指の付け根で、日光を浴びた銀色が優しく光る。
「んじゃあ、この指輪はギルメンさんに売ってあげることにして、俺らはあと二つ取りに……」
騎士の小指から指輪を外そうとしたプリーストの声が、途中で切れた。
「何だよ?」
不思議そうな顔で見つめる騎士から、プリーストは視線を逸らした。
「……取れない」
「はぁ?」
焦った様子で、騎士も指輪に手をかける。
が、小さな銀の指輪はびくともしない。
血の気が引いて白くなった騎士の顔に、怒りの色を見つけると、プリーストは静かに一歩退いた。
それに気付いたか、騎士がプリーストを睨みつける。
「どうしてくれるんだよ馬鹿、これじゃあ剣持つのだって大変じゃねえか!」
「あーあーうんまあ落ち着け、とりあえず石鹸水でも試してみよう、な!」
「な、じゃねえよ!」
銀の指輪が嵌った手で、騎士はプリーストに殴りかかった。
「うおっ!」
飛び掛ってきた銀の軌跡を、プリーストは辛うじて避けた。
「だ、大丈夫だって、嵌ったんだから取れないはずがない! 多分」
「多分とか言うなあっ!」
本気で怒っている事を察して逃げ出したプリーストの後を、騎士は怒鳴り声を上げて追いかけた。
走る騎士の手元で、銀色の指輪が笑うように光った。





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