花冠を解く



夕日を映す、ゲフェンの北の川辺には、花冠を被る人々が、あちらこちらに佇んでいた。
人ごみから少し離れた草の陰、手折られた花がひとつ、またひとつと橙の川を流れていく。赤い花、白い花、黄色い花。色とりどりの花が流れるその源には、ウィザードの男が座り込んでいた。
夕日と同じ、赤い色の髪をしたウィザードは、その手に持った花冠から殊更丁寧に花を抜き取り、水の上へと放り捨てていった。むき出しの手によって散らされた花は、集うことなく、ゲフェンの傍を流れる川にさらわれていく。
「お前、モロクの生まれだったよな」
花冠を解く手を休めないままに、ウィザードは呟いた。
相手は彼の隣に座り込む、憮然とした表情のブラックスミスの青年。膝の上に腕を乗せ、ウィザードの脱いだ手袋を握り締めたまま、散らされていく花冠を眺めている。
「よく花冠の編み方なんか知ってたな」
「まーね」
大して面白くもなさそうな声で、ブラックスミスが答える。涼しくなってきた風に吹かれて、長い髪がゆらゆら揺れた。
「冒険者になってから覚えたのよ。こういうこと出来ると、女の子ウケが良いんだ」
「そうか」
言葉を返しながらも、ウィザードの白い手は花冠を崩していくのを止めない。ちぎるでも、むしりとるでもなく、編み込まれている花を枝の冠から器用に抜きとり、そして川へと流していく。その様子に、ブラックスミスは大きく溜息を吐いた。
「んで、お前は何してんの」
問いかける言葉に、見れば分かるだろ、とウィザードは呟く。
「分解してる」
答えを告げる間にも、またひとつ花が川へと放り出された。
ウィザードの手の中で、徐々に形を失っていく花冠は、元はブラックスミスが編んでやったものである。夏至の祭に編む花冠。それを、ウィザードが編めないというのを聞いて、ブラックスミスがからかい半分に作ってやったのだ。しかしウィザードは、思いのほか気に入った様子で、それを赤い髪の上に載せた。なんとなくむず痒い気持ちで、花冠を載せたウィザードと共に、ブラックスミスは夏至の祭を巡っていたのだが。
「何が気に食わないのよ」
そのままの形で川に流すはずの花冠を、何故かウィザードは個々の花に戻しながら、川へ流していく。からかい半分に作ったものだが、こうもわざわざ分解されていく姿を見ているのは、ブラックスミスにとって決して心地良いものではなかった。何か機嫌を損ねるようなことをしただろうかと考えてみても、思いつくことは何もない。そして、残り数本になった花を見つめるウィザードの表情にも、不機嫌な様子は見当たらない。むしろ、どこか楽しそうな顔さえしている。
訝しげなブラックスミスの視線に気付いたのか、一瞬だけ、ウィザードがブラックスミスへと目を向けた。
「気に食わないことなんか、何もないぞ」
残っていた花を順に抜き取り、形だけを残した枝の冠に乗せ、そのままその手を川の水へと浸ける。手首の先を、誰のものとも分からない花冠が流れていった。
「でも」
水の中で、ウィザードはそっと手を開く。まずは枝の冠が、そして上に乗せていた花も、順に下流へと流されていく。一本だけ残った紫の花が、ウィザードの指に絡まった。
「お前の編んだ花冠が、誰かの花冠と流れていったら、それは気に食わない」
最後の花を、ウィザードは川の流れに離してやった。そうして何もなくなったウィザードの白い手を、ブラックスミスは無意識のうちに掴んでいた。
温んだ水の感触、染み付いた花と草の匂い。そういったものを感じながら、ブラックスミスは夕焼けに映えるウィザードの顔を見つめた。
急な出来事に、けれどウィザードは驚かない。全てを分かったような顔をして、それでもブラックスミスに問いかけるような視線を向ける。
「……夏至の夜は、短いからな」
肩を竦めるブラックスミスに、ウィザードは、最後の花とよく似た紫の目を、すいと細めて笑った。
握り締められた手を振り払うことなく、ウィザードはその場に立ち上がる。ブラックスミスも立ち上がると、あとは何も言わず、流されていく花を顧みることさえせず、ウィザードの手を引くようにして歩き出した。
男女の花冠が共に流されていくと、その二人は一年以内に結婚する。そんな迷信、目の前のウィザードが信じているなんて、ブラックスミスには到底思えなかったのだけれど。
ブラックスミスにひかれるままに、ウィザードは後を追いかけてくる。ブラックスミスの言葉の意味も、離さないように握られた手の意味も、きっとウィザードは知っている。
ウィザードと、短い夏至の夜だけが、知っている。





戻る