HAPPY DANCE



夕焼けというものは、人を寂しそうに見せるのが得意らしい。
プロンテラの南、少し開けた辺りを行き交う人々全ての足元には、まるで何かを名残惜しむかのような長い影か付き従っている。
しかし、その一組の男女が寂しそうに見えるのは、どうやら夕焼けのせいだけでも無さそうだ。
狩りを終えて首都に戻ってきたばかりと思われる二人の肩には、収集品が雑多に詰め込まれた袋が乗せられていた。
「これは全部貴方にあげる」
女のほう、ダンサーが隣に佇む男、バードにそう言って袋を手渡した。
「いいの?」
「付き合ってもらったお礼」
渋る様子を見せるバードに、ダンサーは強引に袋を押し付ける。
受け取ったバードは礼を述べると、でも、と心配そうな声を上げた。
「最後の狩りの相方が俺なんかで良かったの?」
後衛二人で組むよりも、前衛か支援と組んだ方が良かったんじゃないか、という問い掛けに、ダンサーは笑う。
「だって、貴方ぐらいしか一緒に行ってくれそうな人いなかったんですもの」
「ギルメンと行ってくれば良かったじゃん」
バードはそう言った後、ふとダンサーの首元を見た。
冒険者の証である、カプラサービス使用許可証。目の前のダンサーの場合、首に掛けられたチョーカーがその役割を果たしていた。
つい先日まで、それはダンサーの属しているギルドのエンブレムを象ったものだった。
だが、今彼女の首に掛かっているのは、シンプルな青い石のものだった。
「いつ、抜けたのさ」
「昨日のうちよ」
バードの問い掛けに、ダンサーはチョーカーに指先で触れながら答えた。
そこにエンブレムが刻まれてないのを確かめるように撫でると、ダンサーはぺろっと舌を出して見せた。
「盛大にお別れパーティーしてくれたギルメン呼び出せるほど、私は根性図太くなかったみたい。だからって、面識ない人に思い出作りの狩りに行きませんか、なんて言ったら、本末転倒じゃない」
確かに、と頷きつつも、バードは新たな質問を投げかける。
「他の知り合いは?」
「いないわ」
ダンサーの答えに、バードは意地の悪い笑みを浮かべて、へえ、と声を上げた。
「意外と交友関係狭かったんだな」
「あら、そんなに尻の軽い女に見えた?」
ダンサーは腰に手をあて、わざとらしく怒ったような顔をしてみせた後、でもね、と表情を和らげた。
「貴方と一緒が良かったの」
「ほら軽い」
「真面目に聞いて頂戴な」
茶化すバードを、ダンサーは静かに窘めた。
「他の誰でもない、貴方と一緒に、色々な所を見ておきたかったの」
今まで聞いたこともなかったぐらいに真面目な声に、バードが何て答えようかと思案していると、ダンサーはチョーカーに手をあて、小さな声で何事かを呟いた。
ふと思い出したように、バードが服の中に入れたペンダントを取り出して見つめると、またダンサーに目を戻した。
「これでもう、貴方とパーティーを組む事も無いわね」
先程の囁きは、ダンサーがバードと組んだパーティーから抜ける事を承諾するものだったのだ。
バードはペンダント型の冒険者の証を服の中に戻すと、小さく呟いた。
「本当に、冒険者止めちゃうんだな」
バードがその場に座り込むと、ダンサーも一緒になって隣に腰を下ろした。
しんみりとした空気を打ち払うように、ダンサーがわざと明るい声で告げる。
「でも踊るのは止めないわ。モロクの酒場あたりで踊ってるかも知れないから、気が向いたらいらっしゃい」
「うん、絶対行くよ」
まるで自分に言い聞かせるように、バードは呟いた。
「実家、モロクの外れだっけ?」
「そう」
「モロクで一番の踊り手になるんだっけ?」
「いいえ、国で一番、よ」
「そしたら俺は、国一番の踊り子と、最後に旅をした吟遊詩人になるわけか」
「そうなったら皆に自慢してらっしゃい」
「……でも、もう冒険者にはならないんだろ?」
「……ええ」
ダンサーが答えると、バードは黙り込んでしまった。
そのまま、俯いて頭を抱える彼に、ダンサーはあらあら、と僅かに笑みを含んだ声で呟いた。
「まさか、貴方まで寂しいなんて言うのかしら?」
言う訳ないじゃん、という軽口が返ってくるのを確信しての問い掛けだったのだが、ダンサーの期待は見事に裏切られた。
「言うよ」
震えた、掠れた声でバードが呟く。
「寂しいよ。明日からダンサーとしてのアンタがいないなんて全然想像つかないよ」
頭を抱えている指に力が込められ、自身の髪を強く掴んだ。
「アーチャーん時にアンタに会って、狩場とか教えてもらって、転職祝いもしてくれて、合奏とか一緒に考えて。いっぱい世話になって、いっぱい迷惑かけた。そのお礼だってまだ全然出来てないのに」
そこから先は言葉にならなかった。
ただしゃくりあげるような嗚咽が、何度も何度もバードの喉から零れた。
「寂しいよ……」
ようやく聞き取れた言葉に、ダンサーは軽く目を伏せた。
だが、やがてそっと、頭を抱えたままのバードの手に自分の手を重ねた。
あやすようにその手を撫でると、バードがゆるゆると顔を上げる。
涙で濡れた目に青い石の飾りが映ると、額にダンサーの唇が触れた。
バードが視線を上げると、ダンサーは優しく微笑んだ。
「迷惑だなんてちっとも思わなかった。それどころか、先輩面してる私のほうが貴方には迷惑だったはずよ」
「そんな事ない!」
慌ててバードが叫んだ。
「色んな事教えてもらって、色んな所連れてってもらって、迷惑なんて思うはずないじゃん」
「本当に?」
バードが泣きながら頷くのを見ると、ダンサーはバードの肩に腕を回し、自らの元に抱き寄せた。
「ありがとう」
そう呟いて、彼の肩に顔を埋めた。
「楽しかった。貴方と一緒で、本当に楽しかったわ」
ダンサーがそう囁くと、バードもダンサーを抱きしめた。
「俺も、すっげー楽しかった」
彼の言葉にダンサーはしばらく黙ったままでいたが、やがてクスクスと笑い出した。
バードが不思議そうな顔をしているのを気配で感じ取ったのか、ダンサーが顔を上げた。
「初めて会ったときはまだひよっこのアーチャーだったのに、随分と生意気になったものよね」
バードはようやく笑顔を取り戻すと、当たり前でしょ、と答えた。
「人生の師がアンタだった訳だし」
ダンサーがバードの頬をつねった。
「そういうところが生意気だって言ってるの」
「死ぬほど感謝してますお姉様」
苦しげなバードの言葉に、ダンサーは笑って手を離すと、その場に立ち上がった。
「さあ、最後の晩餐といきましょう」
「え、アンタの奢りで?」
嬉々とした様子でそう言ったバードに、ダンサーは少し考え込むような顔をしてから、いいわよ、と答えた。
「貴方の稼ぎじゃ滅多に食べられないぐらいに豪華な食事を、お姉さんが奢ってあげましょう」
「やりぃ!」
ガッツポーズをとったバードを呆れたように笑いながら、ダンサーは首都の入り口に向かって歩き出した。
しかし、バードがついてくる様子はない。
何だろう、と首を傾げると、ダンサーの首元で青い石が微かに光った。
『(HAPPY DANCE)から加入要請が来ました。加入しますか?』
頭の中に響いた声に、ダンサーは驚いてバードを見る。
彼の手には、服の中にしまわれていたはずのペンダントが握られている。
やはり、彼からのパーティー加入要請なのだ。
バードは笑みを浮かべ、恭しくお辞儀をして見せた。
「一曲、お付き合い願えませんか?」
ダンサーは何度か瞬きを繰り返した後、やがて先程と同じ様な笑みを口元に浮かべた。
「ええ、喜んで」
パーティー要請を承諾すると、彼女は楽器を抱え直したバードの傍に寄り、顔を上げて背筋を伸ばした。
ほとんど沈みかけた夕焼けが目に染みたが、彼女は真っ直ぐに前を見つめ、弦の響きが始めるのを待ち構えた。

『パーティーから脱退しました。』
朝靄の中で、バードは一人、ダンサーが残したチョーカーにそっと口付けた。





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