フェイク・ストロベリー



本に関する知識が欠片も無いハンターにも、そこに積まれているものが子供向けの絵本である事は容易に分かった。
一番上に置かれた絵本を手に取り、ぱらぱらと捲ってみる。
リュックサックを背負った動物の子供達が、可愛らしい笑顔を浮かべて歩いている絵だった。
「『ねえ、おやつにはなにをもってきたの?』」
背後からの声に、ハンターは本を閉じて振り返った。
麦茶の入ったグラスを二つ持って、プリーストが立っていた。
「『クッキーさ。きみは?』」
ハンターが絵本を開き、台詞を読み上げると、プリーストは間髪いれずに返す。
「『わたしはいちごのキャンディ』」
絵本を覗き込むと、確かにその台詞が続いている。
「よく覚えていられるね」
絵本を閉じてハンターがそう呟くと、プリーストははにかむように微笑んで、軽く肩を竦めた。
「今日読んだばっかりだから」
グラスを机に置くと、座りなよ、と目だけで示す。
絵本を元の場所に戻すと、ハンターはプリーストと向かい合うようにして椅子に座った。
「絵本なんか読むんだ」
「いや、読み聞かせ」
「なるほど」
ハンターは麦茶のグラスに口をつけた。
「子供相手の仕事って楽しい?」
「うん」
「俺のお誘い断るぐらい?」
途端に、プリーストが困ったような顔になる。
「ごめん今のナシ」
慌てたハンターに、プリーストはいやいいよ、と首を横に振った。


そのプリーストの本業は、冒険者ではなかった。
元は孤児や、親が忙しい子供達の面倒を見る仕事についていたのだった。
それが「色々便利だから」という、ある意味恐ろしく適当な理由で、プリーストの資格を取ったのだ。
「相変わらず忙しいんだね」
「まあね、でも嫌じゃないから」
幸せそうなプリーストの表情に、ハンターが内心で溜息を吐く。
彼の愛情を思う存分堪能できる子供達に妬いたなんて、絶対口には出せない。
「明日はピクニックのお誘いまで貰ってるし」
ハンターの心には気付かず、プリーストは麦茶のグラスを口につけ、先程ハンターが見ていた絵本を指差した。
「あんなの読んじゃったのがまずいんだけどね」
ハンターが表紙を覗き込む。
みんなでピクニック、なんて題名が付いていれば、中身を読まなくても、子供達が何をせがんだかなんてすぐに分かる。
「この本、子供達の持ち物?」
そう聞くと、プリーストは頷いて見せた。
「普段は僕が持っていった本を読むんだけど、今日はこれが良いって子供の方から持ってきたんだよ。で、読み終わってから明日はピクニックに行きたいーって言われてさ」
そりゃ子供にはめられたんじゃなかろうか。
単純だよねえ、と笑うプリーストに、どっちがだ、と突っ込みたくなるが、どうにかして笑顔を作って見せる。
更に嫉妬心を燃やす自分に、ハンターは微かな眩暈さえ覚えた。


ふと思い出したように、ハンターは自分の荷物に手を伸ばした。
「じゃあ、これ持ってったら?」
彼が取り出したのは、キャンディの詰まった小さな袋だった。
プリーストはそれを受け取ると、不思議そうに首を傾げて見せた。
「これ、どうしたの?」
悪意の欠片も無い問い掛けなのだが、ハンターは表情を渋いものにする。
「覚えてないんだ」
「え」
必死に記憶を辿り始めるプリーストの手から、キャンディの袋を取り上げる。
「この間二人でルティエに行ったときの奴」
言われてようやく思い出したのか、プリーストはああ、と間の抜けた声を上げる。
「甘い物苦手だから全部あげる、って押し付けたのはそっちじゃない」
ハンターは袋からキャンディを一つ取り出して、包み紙を開いた。
中身は可愛らしいピンク色のキャンディ。
それを口の中に放り込み、残りの入った袋をもう一度プリーストに手渡した。
受け取る時に困ったような笑顔で、ごめんね、なんて呟かれるものだから、すぐにハンターも表情を和らげてしまう。
「この間、って言っても随分前だよねえ」
よくこんなに残ってたなあ、とプリーストが袋を揺らしながら呟いた。
「もしかして、ちっとも食べてない?」
「いや、結構食ってるよ」
口の中にキャンディを入れたまま、ハンターは話し続けている。
言葉を発する為に唇を動かす度に、口の中に、人工的な苺の味が広がる。
「それあげても、まだ大分倉庫には残ってるから」
袋の中身で大体半分ぐらい、との言葉に、プリーストは小さな呻き声をあげる。
「そんなにあったんだ……」
「うん、まだしばらくはなくならないね」
ハンターがそう言うと、プリーストは軽く考え込むような仕草をしてから、柔らかい微笑みを浮かべて、じゃあ、と口を開いた。
「それが全部なくなる頃には、また一緒にどこか行こうね」


ハンターは少しの間驚いたような顔をしていたが、やがて悪戯っ子のような笑みを浮かべて見せた。
「だったらさ、ちょっとは協力してよ」
そう言って、彼は椅子から立ち上がった。
「協力?」
不思議そうに首を傾げるプリーストの横に立つと、覗き込むような体勢で、顔を両腕に抱え込んだ。
驚いた目がすぐ近くにあるのを見てから、ハンターは自らの唇をプリーストのそれに重ねた。
微かに開いた唇に、舌でキャンディを押し込んでやる。
唇を離すと、プリーストは、口の中にあるものを確かめるようにした後、微かに眉をひそめた。
「甘い物は苦手だって言ってるのに……」
「いいじゃん、ひとつぐらい」
「えー……」
それ以前にそういう事じゃないんだけど、と呟きながら、プリーストも立ち上がる。
「協力してもいいけどね」
そう言いながら、プリーストは自分よりも少し背の低いハンターを抱きしめる。
ハンターが抱きしめ返すと、プリーストは少し頬を赤くしながら、唇を重ねてきた。
「……せめて、半分にしてくれない?」
苺味のキャンディをハンターの口に返して、プリーストがそう呟く。
「……了解」
先程より小さくなったキャンディを口の中で転がしながら、
ハンターはプリーストの首に手を回し、背伸びをするようにしてキスをした。
人工的な苺味のキスだが、プリーストが嫌がることは無かった。

――その後、二人の体温で思ったより早くキャンディが溶けてしまったのは、言うまでも無い。





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