満 州 開 拓 慰 霊 碑(まんしゅうかいたくいれいひ)



島根県満州開拓関係者連絡会建之
昭和五十五年八月十五日

満 州 開 拓 慰 霊 碑(まんしゅうかいたくいれいひ)



島根県満州開拓関係者連絡会建之
昭和五十五年八月十五日

満州開拓慰霊碑 島根県満州開拓関係者連絡会建之 昭和五十五年八月十五日
三瓶山(さんべさん)(きた)(はら)()もった(ゆき)()けてきました
2011年3月22日16時 一礼・黙祷

満州開拓慰霊碑 島根県満州開拓関係者連絡会建之 昭和五十五年八月十五日
ユキワリイチゲの開花観察時に伺いました
2025年3月22日11時 一礼・黙祷
満州開拓慰霊碑 島根県満州開拓関係者連絡会建之 昭和五十五年八月十五日

三瓶山(さんべさん)(きた)(はら)()もった(ゆき)
()けてきました
2011年3月22日16時 一礼・黙祷

満州開拓慰霊碑 島根県満州開拓関係者連絡会建之 昭和五十五年八月十五日
ユキワリイチゲの開花観察時に伺いました
2025年3月22日12時 一礼・黙祷


満州開拓慰霊碑 島根県満州開拓関係者連絡会建之 昭和五十五年八月十五日

オキナグサの開花確認後に伺うと山桜が満開です
2026年4月13日13時 一礼・黙祷
満州開拓慰霊碑 島根県満州開拓関係者連絡会建之 昭和五十五年八月十五日

オキナグサの開花確認後に伺うと山桜が満開です
2026年4月13日13時 一礼・黙祷


満州開拓慰霊碑 島根県満州開拓関係者連絡会建之 昭和五十五年八月十五日

草原(そうげん)(はる)(おとづ)草木(くさき)芽吹(めぶ)きます
2009年4月30日15時 一礼・黙祷
満州開拓慰霊碑 島根県満州開拓関係者連絡会建之 昭和五十五年八月十五日

草原(そうげん)(はる)(おとづ)草木(くさき)芽吹(めぶ)きます
2009年4月30日15時 一礼・黙祷


満州開拓慰霊碑

満州開拓(まんしゅうかいたく)が昭和7年からはじめられたときに、初期(しょき)団員(だんいん)(かた)安濃郡(あんのうぐん)佐比賣村(さひめむら)上多根(かみだね)三瓶農民道場(さんべのうみんどうじょう)訓練(くんれん)()けたことから満州開拓慰霊碑(まんしゅうかいたくいれいひ)を、 (きた)(はら)名号(みょうご)さん隣地(りんち)に、35回目(かいめ)終戦記念日(しゅうせんきねんび)建立(こんりゅう)されました

満州開拓慰霊碑

満州開拓(まんしゅうかいたく)が昭和7年からはじめられたときに、初期(しょき)団員(だんいん)(かた)安濃郡(あんのうぐん)佐比賣村(さひめむら)上多根(かみだね)三瓶農民道場(さんべのうみんどうじょう)訓練(くんれん)()けたことから満 州 開 拓 慰 霊 碑(まんしゅうかいたくいれいひ)を、 (きた)(はら)名号(みょうご)さん隣地(りんち)に、35回目(かいめ)終戦記念日(しゅうせんきねんび)建立(こんりゅう)されました

島根県満州開拓関係者連絡会建之
 昭和五十五年八月十五日


山麓のできごと

安濃郡(あんのうぐん)佐比賣村(さひめむら)は、現在の大田市三瓶町です
・三瓶農民道場の記事や記録は、島根県立農業大学校や山麓の立石神社(たていしじんじゃ)にあります
安濃郡(あんのうぐん)佐比賣村(さひめむら)は、現在の大田市三瓶町です
・三瓶農民道場の記事や記録は、
島根県立農業大学校
山麓の立石神社(たていしじんじゃ)にあります



満州開拓慰霊碑建立の由来を表示します 2009年4月写
満州開拓慰霊碑建立の由来
表示します 2009年4月写



満州開拓慰霊碑 ドウダンツツジ

ドウダンツツジの白い花が満開です

満州開拓慰霊碑
満州開拓慰霊碑

寒い冬が終わり北の原の木々が新芽を出す頃 4月30日 wide



 折しも、慰霊碑が建立された、昭和55年7〜8月は、冷夏で戦後最大の農作物被害となりました
(山麓では8月にコタツを出す程の冷夏
大田町で最低:15.9℃、平均:23.6℃、最高:32.6℃)
この冷夏の影響は農業だけでなく、製造業、サービス業など
広範囲におよびました
昭和55年7〜8月の低温・多雨・日照不足:気象庁


お 名 号(みょうご) さ ん


指書の名号  村人達が、野獣の出没に困っていたときに、旅の僧が野獣を霊力により近づけないようにと、指に墨をつけて6文字の名号『南無阿弥陀佛』を書き刻まれたと云われています
指書の名号  村人達が、野獣の出没に困っていたときに、
 旅の僧が野獣を霊力により近づけないようにと、指に墨をつけて6文字の名号『南無阿弥陀佛』を書き刻まれたと云われています

指書(ゆびか)きの名号(みょうごう)

(満州開拓慰霊碑の右隣にあります)



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