N700系新幹線電車

 2007年7月1日のダイヤ改正より登場した東海道・山陽新幹線の新型車両がこのN700系。 500系同等の高速性能と、従来の新幹線にはない加減速性能と曲線安定性を追求して開発された。

 ◯まず騒音対策の面から主なポイントを挙げてみる。

 環境対策として第一に挙げられるのが、トンネル微気圧波対策である。 これは列車の先頭形状と大きく関係してくるため、この対策は列車の顔を決めることになる。 N700系では初めて航空機の技術を取り入れ、川崎重工業航空宇宙カンパニーと共同開発、遺伝的アルゴリズムを用いたコンピューターシュミレーションを行い、形状が絞り込まれていった。 結果、最高速度300km/hで走行しても、285km/hの700系程度の微気圧波の発生で済んでしまう先頭形状が発見され、採用された。 というのが、この特徴的な顔、「エアロダブルウィング」と呼ばれる独特の形状である。

 続いて問題になるのがパンタグラフ。 高速でパンタグラフのアームが風を切ると、カルマン渦という渦の列が発生し、これが騒音源となる。 700系では従来の菱形パンタグラフを廃してシングルアームパンタグラフを搭載。 アームが4本から1本になったので、カルマン渦の発生は4分の1である。 パンタグラフの騒音抑制は既に完成の域に達していたが、N700系ではさらに改良を加えた。 それは、パンタグラフを支える「足」である碍子と、EGSという、いわゆる「アース」のような装置である。 この2つは、なんと0系の頃から全く変わっていなかったという。 それまでのパンタグラフは、碍子が5箇所必要で、EGSの大きさがパンタグラフの大きさを決定づけていた。 これを現代の技術水準で設計しなおすことで、碍子は3箇所、EGSは小型化し、キャビティーと呼ばれるケースに、パンタグラフのアームの下半分と共に収納されることになった。 この結果、パンタグラフの露出部や部品点数が減り、騒音低減と軽量化を実現させた。

 第三に車体。 16両もの長い編成になると、車体側面の凹凸が、走行抵抗の増加や騒音増加につながってしまう。 N700系では可能なかぎり車体側面の凹凸もなくしている。 最も特徴的なものは、先頭車のドアと、全周ホロだろう。 東海道新幹線の車両は、ドア面が車体と一体になるプラグドアをあまり採用していない。 というのは、プラグドアはトンネル内で車体外部の気圧が下がり、内圧によって外に押し出される、という不具合が、新幹線開業前の試験運転から確認されている。 300系で一旦は採用されたが、結局途中から引き戸に変更された。 N700系でも客用扉はほぼ引き戸が採用された。 ところが、先頭部だけは。流線型の最後の部分に当たるために、ラインを乱さないようプラグドアを採用している。 また乗務員室ドアは中央部が凹んでいる複雑な形の内開き扉になっており、先頭形状を乱さないよう配慮されている。 また車体の間には全周ホロが装備されており、車体間に空気が入り込むのを防ぐと同時に、車内デッキ部の騒音防止にも役立っている。 窓ガラスについては、開口部に外側からはめこむ形状となっており、極力平滑化されている。

 最後に走り装置。 モーターは冷却風の流れを計算し、騒音源となる場所の空気の流れを良くすることで静粛性を確保。加えて台車周りは極力覆うことで、車外の騒音をカットさせている。

 ◯続いては省エネ化について、省エネ化=軽量化という部分が非常に大きいので合わせて解説

 まず車体について、これは軽量化の他に車体傾斜という新機軸が搭載されたためという面もあるが、側面のアルミ合板が薄くなっている。 車体傾斜を作動させたままトンネルに入った際、トンネル内の構造物に接触しないように配慮されたためである。 N700の窓が、他の新幹線より小さいのはこのためで、強度を確保するために窓を小さくし、支柱を太くして車体強度を保っている。 またこの窓も、従来のガラスではなく、ポリカーボネートで作られたもので、ガラスよりも軽量である。

 車内設備では、喫煙ルームというのが挙げられる。 禁煙化ブームに乗って作ったものと思われがちだが、車内を喫煙にしてしまうと、特に喫煙車両では大型の換気装置が2台必要なほど、空気が汚れてしまう。 そこで全車両を禁煙にして、大型換気装置は1両につき1台に削減。 喫煙ルームを設置して、そこに小型の換気装置を積めば編成全体でかなりの軽量化が見込まれる。 試作編成では設置されなかったが、量産編成からはこの方式で採用されている。

 続いて座席である。 1326名分の座席を軽量化すれば、かなりの効果が見込めるが、座り心地を配慮するとそう簡単にも行かない。 N700系では座席のクッションに金属バネを使用することとしたために、そのままでは単純に重量増になる。 そこで、各々のパーツを軽量化。またはサイズを適正化することで重量増分を相殺し、それを徹底的に行うことで逆に軽量化している。

 省エネ化では近年当たり前になった電力回生ブレーキを当然のごとくN700系では搭載している。 N700の電力回生ブレーキの特徴は、編成中14両の電動車で極力電力回生ブレーキを使って減速を行うこと。 つまり30km/h以下の低速になるまで、付随車となる両先頭車のブレーキは使用しない。 可能なかぎり運動エネルギーを電力に変換して他の車両に使ってもらうことでブレーキをかけるということになる。 これには二つの目的があり、一つは述べたような電力回生ブレーキの最大限活用、もうひとつは、滑りやすい先頭車のブレーキを高速域で使うと、滑った場合に全体のブレーキパターンに誤差が生じ、スムーズなブレーキを実現できなくなることがあるため、これを防止するためである。 また付随車も含めて、低速時は空気ブレーキを用いるが、従来制御に油圧を用いた部分を、N700からは空気圧で制御できるようになったため、ここでも軽量化を実現している。

 車内の照明には、他の鉄道車両に先駆けてLED照明を採用している。 喫煙ルームの照明や、グリーン車の補助灯などはLED照明である。 旅客の立ち入れない運転席の灯具類にも使用された。

 最後に車体傾斜について、車体傾斜は一見省エネ化とは無関係と思われるかも知れないが、東海道新幹線では速度を255km/hに制限する曲線箇所が多く存在するため、これらの箇所を通過するたびに減速と加速を繰り返すことになる。 加速には大きなエネルギーが必要なので、この加減速をやめて、等速維持ができるのであれば、一旦最高速度まで加速したら、そのままその速度を維持して走り続け、駅が近づいたらブレーキをかけて止まる、という理想的な運転が可能になる。 そこで車体傾斜の出番。 元々車体傾斜というのは、山岳地帯を走る在来線特急での速達化に用いられた技術の改良版である。 元々は速度向上のための手段ではあるが、遠心力を打ち消すことができるので、乗り心地向上にもつながる。 実は東海道新幹線の255km/h制限は、基準を越える横圧がかかって乗り心地が損なわれるために儲けられた制限であり、横圧を緩和出来れば制限は撤廃できる。 そこで、わずか1度、曲線で車体を内側に傾ける機構を設けることで、乗り心地を損なわない速度向上が可能になった。 結果、東海道新幹線の大部分で等速維持が可能となり、省エネ化と到達時間の縮小を同時に実現する運びとなった。

 ◯乗り心地向上についてのポイント

 新幹線の乗り心地といえば真っ先に思いつく座席。 N700系では実に100系以来となる金属バネを用いたクッションを採用。 重量に応じて座面が沈みこみ、最適な場所で固定されるという点で、従来のウレタンより優れた座り心地となっている。 また経年によるヘタみもない。 グリーン車では座面と背もたれが同時に動くシンクロナイズドコンフォートシートを採用している。

 台車には無段階制御のセミアクティブサスペンションを装備して、生じた揺動に対して最適な減衰力を瞬時計算、起動させて振動を打ち消している。

 そして忘れてはいけないのはデジタルATCの導入である。 旧来のアナログATCではブレーキの増圧と緩解を繰り返すことになり、そのたびに軽い衝動を伴う。 これをデジタルATCに置き換えることで、車上にて現地点から停止位置までの距離を計算し、高速域から停車まで、ほぼ一段階で可能となる。 またこの装置を用いることで、曲線の位置も知ることができるため、乗り心地向上のための車体傾斜をうまく制御できるようになったともいえる。 車体傾斜は曲線に来たら全車両が一気に作動するのではなく、作動地点に入った車両から準々に作動する細やかな制御を可能としている。

 これらのような新技術を持って、東海道新幹線最高の車両として現在使用されています。

 九州新幹線には、その改良版が登場しました。

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