淀川資料館

いくつも名を変える近畿の大河

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  参照(水運C)  参照(水運D)   参照(デ・レーケB)

 京阪神大都市圏の水がめといわれるびわ湖を最大の水源とする淀川。大阪駅近くの車窓から見るその姿は大河の趣を持つ。淀川水系の支流の数は965本で日本一とされる。しかし淀川と名の付く川は意外に短い。測る時の区分によって異なるが、その長さは30ないし75キロに過ぎない。

 びわ湖から流出する水はまず瀬田川に入り、ほどなく宇治川になり、京都盆地南西隅の大山崎町付近で桂川と木津川が合流してようやく淀川になる。そこから30キロほど下ると、新淀川と大川(旧淀川)及び神崎川に分かれる。

 さらに大川は大阪中ノ島で堂島川と土佐堀川に分かれ、それらは安治川などになって大阪湾へ注ぐ。まことに複雑に離合集散する川だが、この姿は淀川水系の成り立ちと改修の歴史を物語る証拠でもある。

 淀川水系の水は飲料水・工業用水・かんがい用水なとに使われるほか、水運にも利用され、関西圏の母なる川として大きな恵みを与えてきた。その反面、度重なる水害は流域の人々に幾多の苦しみをもたらした。

 古来、人口密度が高く長い間政治経済文化の中心地だった淀川流域の治水と開発は、時の為政者にとって大きな関心事だった。古くは仁徳天皇や桓武天皇が淀川水系の治水や付け替え工事に取組み、大阪東部に当時存在した低湿地の開発も手掛けている。

 また豊臣秀吉は大坂の水害を防ぐため、淀川左岸に延長約28キロの文禄堤を築かせ、その上を街道にして、京都・大坂間の路線距離短縮を図った。江戸時代になるとこの街道は東海道の一部に編入され、通称京街道と呼ばれた。江戸前期には豪商・河村瑞賢(1617-99)が淀川下流の大改修を手掛け、安治川の開削や堂島川のしゅんせつを行なった。

 また京都の玄関口に当たる伏見と大坂の八軒家間の航路には、定員28人の客船・三十石船が就航し、上りは一日、下りは半日で運行された。さらに貨客船の過書船や伏見船も就航して激しく競争をした。航路の中間点に当たる枚方には宿場と船着場が設置され、本陣・脇本陣・はたごのほかに船宿もあって、船が着くたびに飲食物を売る「くらわんか舟」が漕ぎ寄せて賑やかだったという。

 枚方は江戸時代から今日まで淀川の水位測定をする地点だった。近世に水運が栄えた淀川も明治維新前後の政治権力空白期には、流域山地の乱伐が一挙に進んで土砂流出が多くなり、河床の上昇を招いて水深が30−40センチと極端に浅くなった。

 大阪港の新設をしようとした明治政府は、オランダ人ヨハネス・デ・レーケを招へいし、その基本構想を検討させた。彼は淀川の治水なくして大阪港の建設は困難と断じ、さらに淀川の治水には流域山地の植林と砂防工事による土砂流出の低減が欠かせないと指摘して、まず治山工事から事業を開始した。

 さらに彼は港への土砂流入防止と水害の軽減を図るため新淀川の開削と大阪湾内の導水堤の築造も計画した。彼と沖野忠雄はその遠大な構想を長い間着実に実行した。今見る堂々たる新淀川は彼らの努力によって開削された川だ。

 デ・レーケは淀川の航路を確保するために低水工事(洪水対策を目的とする高水工事に対して、航路に必要な水路の整定と水深確保をする目的の河川工事)を推進した。それには河原に浅く広がって蛇行する流路を、中央部に移して直線化する必要があった。

 そのため堤防の前面へ粗だ沈床をくしの歯状に多数設置し、各沈床間にワンド(浅い水溜り)を造って、堤防の保護を図りながら、水流を中央部に誘導した。その成果によってそれ以降、淀川水運は昭和30年代まで継続した。

 淀川は巨大な貯水池であるびわ湖を水源とするから、流量は他の川よりはるかに安定している。それでも洪水はしばしば発生し、水防対策は流域の大きな課題だった。枚方には淀川工事事務所が設置され、淀川水系治水事業の中心的な役割を果たしている。

 その敷地内に「淀川資料館」が造られ、水防関係の実物資料を展示し、また淀川の歴史と治水の歩み・今後の河川管理のあり方なとをパネルで解説している。さらに淀川の治水に関与した人々を映像で紹介し、淀川の魚類や植物に関する展示もしている。

 多くの人々の治水努力によって水害発生の危険性が昔ほどではなくなった現在、淀川の河川管理のあり方も「潤いと憩いの空間の創出、自然環境の保全、環境にやさしい河川、安全でおいしい水、安心なくらし」などと多面性が求められている。

 ダムの新設についても意見が分かれる昨今だが、流域に住む一千万強の人々は将来ともこの川と好悪共に共存するのだから、郷土の歴史に関心のある人は当館を訪れてその歩みを理解して将来を考えるとよいだろう。

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(作成日: 03/08/08、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

淀川資料館_大阪府枚方市新町 2-2-13_TEL 072-846-7131_

a)京阪電鉄枚方市駅から0.6km(W 0.5km)徒歩8分、

b)JR東海道線(京都線)高槻駅・阪急電鉄京都線高槻市駅から京阪バス枚方市行きで「枚方公園口」下車徒歩10分_小_大人_

10:00-16:00(ただし12:00-13:00は閉館)_

3土曜日・第3日曜日・祝日・年末年始_団体は要予約_{17/04/30}