靖国神社遊就館、しょうけい館

戊辰戦争以来の戦争の記録が

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 靖国神社の境内には「靖国神社遊就館(ゆうしゅうかん)」がある。当館では戊辰戦争や西南の役から第二次世界大戦までの戦争の背景や推移を紹介し、戦没者の遺品や記録と主として第二次大戦で使われた兵器などが展示されている。全館が戦争の、それも戦没者に脚光を当てた展示である。

 当館は近年リニューアルされた。旧館の展示法は戦没者の記録を中心に展開されていたのをかなり変更し、より一般向けにして戦争記念館的な色彩が濃くなった。以前は野外展示されていた大砲(挿絵参照)なども再塗装して室内に収容し大切に保存されている。

 かつて旧館の展示を見たときに感じたことは、この一世紀の間に何回もの戦争が行われ、いかに多くの従軍者が命を落としたかであった。年若い戦死者の記録を見ていると、その犠牲に深い感銘を覚える。靖国神社には約250万柱の霊が祀られているそうで、その中には従軍看護婦や軍属・軍需工場要員として亡くなった6万柱の女性も含まれている。

 ただ、当館に採り上げられているのは、いわゆる戦士の記録だ。その陰には、戦争に巻き込まれたり、戦争が原因で発生じた疾病や飢餓などで、意味無く死亡したり被害を受けた、内外無数の民衆が存在する事実を決して忘れてはいけない。

 館内には第二次大戦中の海軍主力戦闘機零戦、液冷エンジン採用の艦上攻撃機彗星、人間魚雷回天、九七式中戦車、ロケット特攻機桜花(おうか)、各種大砲などが陳列されている。これらは軍艦などに比べれば小さいが、それでも想像以上に大きい。このような大型兵器を惜しげもなく浪費する戦争は、世界恐慌に対する景気対策の成れの果てでもあった。

日本は景気回復のためと称し、国債を乱発して軍需産業を振興した。生産された兵器は大陸進出に使われ、そのあげく泥沼にはまってしまった。当時の政治家や戦争指導者、あるいは独走した軍部及び大陸進出による事業拡大を狙った財閥などの責任は当然大きいが、それを支持した国民も目先の利害や宣伝に惑わされて大局を誤ったというべきだろう。

戦士たち一人一人は国のために従軍し家族や故郷を思いながら戦死したのだが、その尊い犠牲も国の進路の誤りと政策の適時修正の失敗によって皆無駄になってしまったというべきだ。国は植民地解放とか五属協和などを唱えてはいたが、天皇を中心にした国粋主義や民族主義と弱い国力では外国に通用しないのは自明のことだった。

元来資源の乏しい日本が、資源備蓄も少ないままで開戦に追い込まれたのは独りよがりの稚拙な政治・外交面の結果と評されてもやむを得まい。1941年12月8日早朝には英米に対する日本の宣戦布告と真珠湾での大戦果が特別ニュースとして華々しく放送された。

だがその直後に世界各国の対日宣戦布告が続々と報じられた。味方になったのはごく僅かで片手で数えられる程なのに、敵側に付く国は圧倒的に多かった。大人たちは次々報じられる戦果にやったと興奮していたが、当時小学二年生だった筆者でさえ、ニュースを聞きながら本能的に大丈夫かと不安を感じたのを記憶している。

当館の展示や解説は靖国神社の性格上、祭神の立場や遺志を汲み取る形で全体の流れを構成している。そのためか第二次大戦のアジア太平洋地域での戦争を大東亜戦争と戦時中に使われた名称を用い、日本は東洋平和のために戦い、結果として植民地の開放が達成されたとしている。

いま腐食した武器や鉄兜などを見ると、もはや第二次世界大戦でさえ遠い過去になったと実感する。しかし今でも旧連合国が覇権を維持し、戦争の直接間接の被害者が国内外に多数生存する現在、このような主張はまだ批判も多く配慮を要する微妙な問題だ。その評価が定まるにはまだ一世紀ぐらいの時が必要だと思う。

この遊就館から少し歩いた所に「しょうけい館(戦傷病者史料館)」がある。当館は戦傷病者とその家族の労苦を受け継ぎ語り継ぐために設立された国立の施設だ。従って館内には戦傷病者関連の史料や証言が保存公開され、関係資料や書籍を備えている。

戦争といえば勝敗と共に戦死者数が注目され勝ちだ。しかし戦いの態様と条件にもよるが、戦傷病者数は戦死者の数倍に上るのが常だ。館内には戦局悪化で補給の途絶した野戦病院を再現したせい惨なジオラマがある。必要な医療器具や薬品はもちろん、水や食料も欠乏する状況下で多くの人が亡くなった。

幸い生き延びても不自由な体になった戦傷病者には長くて苦しい生活が待っていた。特に軍人に対する尊敬の念が消えた戦後社会に放り出された戦傷病者は惨めだった。筆者も戦後の繁華街で白衣を着てアコーディオンを弾いて募金を求める彼らの姿をよく目にした。

館内には不自由な体を補う補助具も展示されているが、障害は各人各様だから適合する器具の製作は難しい。古くは日露戦争の軍司令官として有名な乃木大将は義肢の開発にも心を砕き、戦傷者を訪問して贈ったという乃木式義手の実物も展示されている。

戦争の悲惨な体験は時間と共に薄れるし、その記憶も子孫には遺伝しない。たとえ真実を聞かされても実体験のない者には実感が伴わないから、人々はつい景気のよい空理空論やその場限りの巧言に幻惑され、目先の打算で行動する。そのため戦争は繰り返されるのだが、それでもせめて得られた教訓だけは記録して伝承せねばなるまい。

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(作成日: 00/10/01、 更新日: 08/10/13)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

靖国神社遊就館_東京都千代田区九段北 3-1-1_TEL 03-3261-8326_

東京メトロ東西線・九段下駅から0.9km,徒歩11(W 0.7km)_

靖国神社参拝客用の有料駐車場あり_中_大人_

9:00-16:30(16:00)

ただし元日は午前0-16:30(16:00)

7/1316の「みたままつり」期間中は9:00-21:00(20:30)_

年中無休(ただし6月下旬と12月下旬に各々数日間の臨休あり)_{17/03/02}

 

しょうけい館(戦傷病者史料館)_東京都千代田区九段南1-5-13 ツカキスクエア九段下_TEL 03-3234-7821_

東京メトロ東西線・半蔵門線と都営地下鉄新宿線九段下駅6番出口徒歩1分_中_大人_

10:00-17:30(17:00)_

月曜日(祝日・振替休日に当たれば開館し、翌日休館)_団体は事前予約制_{17/06/14}