東芝未来科学館

総合電気機械メーカーの未来像を

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 川崎市幸区の多摩川べりに東芝の主力工場の一つ、小向(こむかい)工場があり、その一隅に東芝科学館が併設されていた。当館は「人と科学のふれあい」をテーマにして、同社が手掛けている最新技術分野を紹介していた。もちろん館内の史料室には日本の電気機械製造業の先駆者である同社の、創業以来の資料や技術記念物的な製品を展示していた。

 ところで東芝が現在の姿に発展するまでには幾多の変遷があった。その前身の田中製作所が電信機製作と修理の機械工場として創立したのは1875年(明治8年)だった。この会社は、幕末に無尽灯や高級和時計の製作で「からくり儀右衛門」として知られた田中久重(1799-1881)によって設立された。

 その後、同社は三井の傘下に入り芝浦製作所と改称し、GEの技術を導入して重電を柱にして発展した。1939年には電球の製造から始まった弱電中心の東京電気鰍ニ合併し、実質的な総合電気メーカーの東京芝浦電気鰍ェ誕生した。戦時には重要軍需工場として空襲目標になり破壊された。

 戦後、日本経済の発展に伴い東芝は重電部門も弱電・家電部門も大いに伸び、1984年には東芝鰍ニ改称した。しかし近ごろは後進国の追い上げもあり、総合電気メーカーとしての勢いに外目にはやや陰りが見えるようだ。世界の先端を切って実用化し、永らくトップの座を維持したノートパソコンでさえデルなどに首位の座を明渡した。

勢いが一時無くなった点では同業の日立も同じで、総花主義だけでは世界の強豪とは戦えなくなったのだろう。業種自体は多様な分野へ末広がりの可能性を持っている。当館でも東芝が取り組んでいる先端技術を紹介しているが、全方位への総花式展開には膨大な資金と努力を要するから、発展方向の取捨選択が勝負のしどころなのだろう。

 展示内容は情報・通信・映像、交通・医療・半導体、エネルギーと環境・ロボットなど幅広い。物によっては実物資料も陳列している。例えば世界一という5万ワットのマンモスランプや、小さな0.11ワットの粟粒ランプ、顔画像認識システム、3次元CAD装置、そして今話題の燃料電池なとだ。

 また館内の史料室には東芝の輝かしい歴史を示す資料や、日本での先頭を切って同社が開発した貴重な製品が陳列されている。例えば国産当初の白熱電球、1942年(昭和17年)に造られた木製蛍光灯スタンド、国産初の電気洗濯機や電気釜、日本語ワープロ第一号のJW−10(1978年商品化)など数多くの文化遺産が並んでおり印象的だ。

 だが科学館の性格上、当館は新しい技術の紹介が中心となっているから、せっかくの史料室もやや説明パネルが簡単すぎて一人で見ると分かりにくい。当館では個人でも説明サービスが受けられるから利用すればよいということなのだろう。

 そして時代の推移と科学技術の発展によって科学館の在り方も変わってくる。当館も20141月に川崎駅前へ移転し、名前も「東芝未来科学館」と変えて新装開館した。駅から直結したことは好ましく、新装した内容で啓発に努めて欲しかったが、ここに来て東芝は安易にウエスティングハウスを背負いこんだ付けが一気に噴出している。

 創業以来幾多の経営危機を乗り越えてきた東芝だ。伸るか反るかの大ピンチに直面して、大企業のプライドをかなぐり捨てて、一から出直す気概を持って再起を図ってほしいと思う。

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(作成日; 01/11/04、更新日; 14/02/22)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

東芝未来科学館_川崎市幸区堀川町72-34 東芝・スマートコミュニティセンター(ラゾーナ川崎東芝ビル2F)_ TEL 044-549-2200_

JR川崎駅西口隣接_

10:00-17:30(火〜金)

10:00-18:00(土・日曜日、祝日)_

月曜日(祝日に当れば開館)、当館の定める日_

15人以上の団体は要予約。_{16/07/04}