藤村記念館、南木曽町博物館

「夜明け前」の舞台となった宿場

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 木曽十一宿の南端、馬籠(まごめ)宿は中津川からバスでかなり坂を登った高い所にある。宿場全体が馬籠峠の山麓に立地するから、家々は傾斜地に階段状に建っている。宿場は明治中期の大火で大半が焼失し、現在の集落は近年、当時の姿に再建されたものだ。本陣跡地には「藤村(とうそん)記念館」が建っている。

 馬籠本陣は文豪・島崎藤村(18721943)の生家であり、彼の名作・夜明け前の舞台でもある。もちろん生家は残っていないが、敷地内にある祖父の隠居所は大火の際、ただ一つ焼け残った幕末の建物で、夜明け前にも出てくる。

 この小説は幕末から明治初年までの集落の様子と社会情勢、さらに実父や家族の生活を題材にしており、当時のこの地方と住民の置かれた状況や維新後の政治・社会情勢の変化がよく分かる。

 当館は藤村の生立ちと文筆活動の紹介、愛用品と夜明け前などの原稿や諸資料を陳列している。彼は最初詩人としてスタートし、椰子の実や千曲川旅情の歌などは今でもよく歌われている。

 やがて彼は自然主義文学や歴史小説の分野を手掛け、数々の名作を残した。私生活の面では姪(めい)との女性問題で実家と疎遠になっていた時期もあったが、今ではその文学的業績によって生家跡に記念館が建てられた。

 江戸後期、馬籠は山深い木曽谷の宿場とはいえ、当時の有産階級は國学などの学問に熱心だった。また中山道交通のおかげで東西の情報は直ぐに伝わるから、政治や社会情勢への関心は想像以上に高かった。その状況は夜明け前にも出てくる。

 夜明け前の主人公となった彼の父は、本陣の主と庄屋を勤める傍ら、平田派の国学者でもあった。彼は保守的で神道中心の神道国家実現を維新に期待していた。しかし、維新以降の政治の流れがその期待を裏切ったため気がふれてしまった。

 なお馬籠には木曽馬籠脇本陣史料館、槌馬屋文書館、清水屋資料館などがあり、宿場関係や藤村関係の資料を多数展示している。また県内の小諸市には小諸市立藤村記念館、木曾福島町に高瀬資料館があり、藤村関係の資料を公開している。

 また馬篭宿から馬篭峠を越えた隣りには妻籠宿がある(写真参照)。ここは先進的な町並保存運動が住民の努力と生活上の我慢によって実施された結果、国の伝統的建造物群保存地区に選定されている。ここには「南木曽町博物館」があり、観光の中心地になっている。

 当館は明治初期に江戸後期の間取り図で再建された脇本陣奥谷(おくや)の建物(重要文化財)、江戸時代の姿に正しく復原された本陣、及び歴史資料館で構成されている。本陣は藤村の母の実家で藤村の実兄が当主になったという藤村と関係の深い家だ。

 当館では当地の歴史を紹介すると共に、町並保存運動の歴史、和宮や明治天皇が馬篭宿を利用された時の資料、藤村や最初の妻・おゆふ関係資料、宿場関係の資料と使用什器備品などが展示されている。

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(作成日: 00/07/12、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

藤村記念館_岐阜県中津川市馬籠4256-1(旧長野県木曽郡山口村神坂馬籠)_TEL 0573-69-2047_

JR中央西線中津川駅から13km(65deg.E 6.6km)、中津川駅から北恵那バス馬籠行きで約30分終点下車後徒歩10分_

バス停の近くに無料駐車場あり_小_大人_

9:00-17:00(16:45)(411)

9:00-16:00(15:45)(123)、_

122月の水曜日_{16/12/14}

 

南木曽町博物館(妻籠宿本陣・脇本陣奥谷林家住宅・歴史資料館)_長野県木曽郡南木曾町吾妻2190_TEL 0264-57-3322()0264-57-3123(妻籠観光協会)_

JR中央西線南木曽駅から3.5km(30deg.W 2.6km),南木曽駅からおんたけ交通バス馬籠・蘭・保神行きなどで約10分「妻籠」下車徒歩5分、タクシーあり_中_大人_

9:00-17:00(16:45)_

12/291/1 特定日以外は無休_{17/02/18}