東証Arrows

株式取引の有様を見る

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 東証の通称で知られる東京証券取引所は1988年に本館が竣工した際、広報のため見学施設「東証Arrows」を併設し史料ホールや東証プラザも開設した。東証プラザには証券取引に関する知識や証券情報を提供するコーナー、証券取引の話を各国語で説明するシアターなどが設置されていた。

 1999年、株式の取引が電子化されると、以前の株式売買立会場跡はガラスドーム化された。そしてここには一般の人々が証券取引への理解を深め、投資家が最新の市場情報を取得でき、さらに上場企業の情報開示を支援する目的で東証アローズが設置された。

ここは難しいが「日本経済の動きを一望できる情報発信基地としての機能」「企業と投資家の出会いの場としての機能」「グローバル市場の一極を担うセントラルマーケットのシンボルとしての機能」を果そうとしている。

 すなわちアローズではマーケットセンターの見学、株式投資体験コーナーでの擬似投資体験、東証プラザや証券史料ホールでの証券や取引所の仕組みに関する紹介、インフォメーションテラスでの上場企業の最新情報閲覧などができる。

証券取引の電子化が進むまでの証券取引所といえば、多数の場立ちが参集して独特の手振りで取引を行い、商いの多い時には伝票が床一面に散らばって雪が積もったようだった。不況期には一日の取引が2億株程度に落ち込んだ時期もあったが、それでも伝票の後始末には人手を食っていた。

今では大商いといえばその十倍にもなるが、電子取引によって取引の様相は一変した。もっとも電子取引の導入は残念ながらアジアでも先頭を切ったわけではないようだ。それでも1982年には市場第二部の売買システムが稼動を開始し、次いで85年から第一部のそれが始まり、88年に株式取引の機械化が完成している。

バブルの時代には世界の三極の一角を担う取引所と豪語していた東証だが、日本経済の長期低迷と工業生産力の相対的低下によってその地位は脅かされつつある。世界を相手にする電子取引の時代ともなれば、東証といえども役所気分でのんびりと構えておれないから、2001年には株式会社化された。今後も取引の様相は多くの点で急激に変わるだろう。株式に興味のある人は勉強がてらに一度訪れるとよい。

 なお史料ホールには1878年(明治11年)に東証の前身・東京株式取引所が開設されて以来の、証券取引発展の足跡を示す史料を展示している。大戦最末期から戦後の数年は経済混乱のため取引所が機能しない苦難の時期だったが、1949年に東京証券取引所として再開された。

ここにはかつて使用された場立ちの用具や文房具、株券のサンプル、立会開始時に鳴らされた鐘、取引所の記録、戦後の財閥解体の資料、会員名簿などがある。近年まで続いた場立ちによる取引風景も今や資料室入りになってしまった。

 兜町かいわいには明治中期に渋沢栄一が住んでいた。そしてこの一帯は海運・銀行・保険・商社などの企業が集まり、三井・三菱・安田・その他の、多数の大企業発祥の地となった。その兜町も今では再開発がやや遅れた感じであるが、今後また一段と変ぼうするに違いない。

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(作成日: 00/03/24、 更新日:04/05/25 )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

東証アローズ(見学施設)_東京都中央区日本橋兜町 2-1 鞄結桴リ券取引所内_

TEL 03-3666-0141鞄結桴リ券所() 050-3377-7254見学担当直通(受付時間8:45-16:45 土・日・祝日・年末年始を除く)_

a)  東京メトロ東西線茅場町駅から,0.km,11番出口から徒歩 6(茅場町交差点からN 0.2km)

b)  都営浅草線日本橋駅A2出口からも同じぐらい_

駐車場 なし_小_大人_

9:00-16:30(原則16:00)_

土曜日・日曜日・祝日、年末年始_

なお売買立会時間は9;00-11:3012:30-15:00_{17/02/09}