大阪人権博物館、水平社博物館、舳松人権歴史館

差別是正は日ごろの教育と広報から

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参照(多面的考察A)   参照(人権B)

 近畿地方を中心にして西日本には人権関連の文化施設が多い。古くから文化の開けた地方には負の遺産もより濃く残っているのだろうか。ここでは大阪市の「大阪人権博物館・リバティおおさか」と奈良県御所(ごせ)市の「水平社博物館」、及び堺市の「舳松(へのまつ)人権歴史館」を採り上げてみよう。

 リバティおおさかは過去から現代に至る差別と人権抑圧の事例を、被差別部落と身分、性と家族、民俗と列島の南北、身体文化と環境、われら地球市民、西光万吉記念室、証言の部屋、水俣病資料室、旧栄小学校などのコーナーで紹介している。(最近リニューアルされたが、その内容はまだ把握していない。)

 各コーナーのタイトルはやや抽象的だが、それらを平たくいえば、中世以来の職業などによる差別、男女差別、出身地や民族による差別、病気や障害を持つ人への差別、経済進出と南北問題などに関する関連資料を展示している。

 当館の展示を見ていると、差別の問題はなにも近畿に限らず全国的な問題であると共に、南北問題や戦争を通じて他国各民族にも影響を及ぼしていると理解できる。そして我々はともすると差別・抑圧される側からの視点をつい忘れ勝ちであることにも気付く。

 また水平社博物館は差別の撤廃と平等を求めて立ち上がった水平社運動の始点となった御所市柏原の地に記念館的に造られた施設だ。入館者はリーダーの1人・故坂本清一郎の回想録の朗読で迎えられ、その運動の経過と意義、活躍した人たちの業績などの資料でその全ぼうを知ることができる。

 当地一帯には中世、死んだ牛馬を解体処理する草場(くさば)があり、皮・肉・骨粉・ニカワなどを生産していた。その仕事自体は実入りの多い生業だったが、17世紀後半以降、江戸幕府はその仕事を社会制度的に士農工商の下に固定した。その結果、社会一般での差別も決定的になった。

 維新後、1871年(明治4年)に部落解放令が布告されたものの、生業の独占的立場が奪われ、元々田畑の所有面積が少なかった分、かえって貧困化が進んだ。この窮状を自らの力で改善しようと立ち上がったのが西光万吉ら地元の有識者だった。

 それは柏原青年共和団から始まり、1920年燕会を結成して行動を開始した。その後、地元の保守派や国粋会などとの鋭い対立を経て、1922年(大正11年)に平等な水平社会の実現を目指す全国水平社の結成が実現した。

 館内にはニカワが展示されている。奈良名産の墨はススと香料をニカワで練って固めた製品だ。風雅を楽しむ近世上流階級の愛用品の主要原料が、自身も見下したであろう被差別部落の人々によって作られたとはまったく皮肉な話だ。

 そして舳松人権歴史館のある堺市は中世から近世にかけて対外貿易や各種手工業が栄えて大きな経済力を誇った。それを背景にして戦国時代の一時期には武家勢力の支配を受けない自由都市として存在した。近世には刃物やその他生活用品の生産基地として重きをなした。

だがその堺でも被差別民が存在したことは、戦国期に来日したポルトガル宣教師フロイスも記録しているという。人口が集中すれば皮革製品や食肉などの需要も増え、と殺や屑物を取り扱う業務も必要になる。しかしそれらを担う人々は穢れたものとして扱われた。

社会の底辺に置かれた彼らは当地の舳松村に寄り合い、その厳しい暮らしを相互扶助で耐えてきた。当館では彼らが生活した狭くて粗末な住居群と惨めな生活状況を将来に伝える目的で再現している。劣悪な生活境遇の下でも共同出資による浴場開設など、彼らの部落改善運動は続けられた。

そして差別を跳ね返すための一誠会が1920年に結成され、やがて舳松水平社に発展していった。なお大正から昭和前期に活躍した将棋界の風雲児・坂田三吉名人(18701946)は当地出身だったから、当館には彼の記念室も併設されている。彼の活躍はこの地域の人々を大いに勇気付けたに違いない。

三館を訪れて疑問に思うことは、なぜ差別が発生するのかということだ。この問題を作者が素人なりに考えてみると、その大部分は人間の生存競争本能の悪い面から生じるのではなかろうかと思う。

 すなわち人より少しでも幸せになりたい、有利な立場に立ちたい、経済的に豊かになりたい、より健康で長生きしたい、自分の思う通りにしたい、楽をしたいなどの性向は意識・無意識にかかわらず本能的な現象の発露だと思う。

 これらはさらに人の不幸を喜ぶ、自分より弱い者をいじめる、自分の基準に合わない人を嫌い、異質の者を排除するなどの行動へ結び付く。その対象は肉体的条件、地縁や血縁の濃淡、教育や職業・経歴など社会的・経済的条件、出身地や民族、宗教や思想的信条などと限りない。

 それは個人レベルに留まらず、集団でも傾向は同じだ。特にそこに扇動者や差別意識を助長する思想や慣習があればなおさらだ。本来、仏の前では皆平等だったはずの仏教でさえ、過去には差別を助長する側に回ってしまった。神道もけがれを嫌う立場から同様な結果に陥った。

 生存競争に由来して引き起こされる問題は本能に基づくゆえに将来も色々な形で出現するのは間違いない。進歩に競争が必要なのは確かだが、同じ人間として、それはあくまでも最低限維持すべき公正さを確保した上での話だ。

 悪質な差別や人権抑圧を伴う不公正な行動には、これを悪として厳しく戒める姿勢が大切だ。この問題の是正には強者の立場ばかりではなく、弱者の視点からも物事を見る多面的な考え方の育成指導と、共存共栄を貴ぶ教育、及びそれらの絶え間ない広報を通じて、社会通念としての定着に努めるしかないのだろう。

 ただ近年同和を語る偽の団体や、同和の立場を背景にして無法な行動に走る一部の不心得者の横行が時々報じられる。このような心無い行動は世人に苦々しく思われ、折角諸先輩が営々と築き上げてきた人権回復の成果を一挙に突き崩しかねない。同和運動に携わる人々も心しなければならない。

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(作成日: 02/06/17、 更新日: 08/12/20)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

大阪人権博物館 (リバティおおさか)_大阪市浪速区浪速西 3-6-36_TEL 06-6561-5891_

a)  JR環状線芦原橋駅から0.7km(30deg.W 0.6km)徒歩 9分、タクシー利用可

b)  JR環状線・大和路線今宮駅から0.8km( 0.6km)徒歩13分、タクシーあり

駐車場 無料 普通車20台_中_大人_

(水曜日〜金曜日)10:00-16:00(15:30)

土曜日     13:00-17:00(16:30)_

日曜日・月曜日・火曜日・祝休日、4/14/10, 3/203/318/138/15、第4金曜日、年末年始(12/201/10)、臨休あり_{17/05/02}

 

水平社博物館_奈良県御所市柏原 235-2_TEL 0745-62-5588_

a)JR和歌山線掖上(わきがみ)駅から1.2km(15deg.W 0.9km)徒歩16分、

b)近鉄橿原神宮前駅中央口あるいは西口から奈良交通バス近鉄御所(きんてつごせ)駅行き(53系統)を利用して約15分「郡界橋(ぐんかいばし)」下車後徒歩 7分、バスの便数は少ないので注意(橿原神宮前駅からS50deg.W 4.0km)、

c)または逆方向の近鉄御所駅から(53系統郡界橋経由)八木行きバスで約13分「郡界橋」下車_中_大人_

10:00-17:00(16:30)_

月曜日と第4金曜日(祝休日に当たる場合は開館し、翌日休館)、年末年始(大体12/241/4)

災害や天候急変(当地に気象警報発令中)などでの即時臨時休館あり_{17/03/06}

 

舳松人権歴史館_大阪府堺市堺区協和町2-61-1 堺市立人権ふれあいセンター内_TEL 072-245-2536_

a)南海電鉄本線堺駅の南海バス2番乗り場から南海電鉄高野線堺東駅行きを利用し「大仙西町団地前」下車後南へ徒歩約0.2km、あるいはその逆コースの堺東駅2,3番乗り場からのバスでもよい。

b)南海電鉄高野線堺東駅の南海バス9番乗り場からのバスで「旭が丘北町」下車、西へ徒歩約0.6km

c)南海電鉄本線境駅の南海バス4番乗り場から堺東駅行きを利用し「協和町」下車し北西へ約0.5km、またはその反対方向の南海電鉄高野線堺東駅からでもよい。

d)JR阪和線百舌(もず)駅からタクシーで約2.2km

d)阪堺電軌鉄道御陵前駅から0.9km徒歩12(S32degs.E 0.7km)_

駐車場 無料あり_中_大人_

9:30-18:30_月曜日(祝休日に当れば開館)、年末年始_{17/03/06}