埼玉県立さきたま史跡の博物館

埼玉県名のルーツとなった古墳群

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参照(古墳B)  参照(古墳C)   参照(古墳D)

 埼玉県北部・行田市に稲荷山(いりやま)古墳がある。この遺跡は1968年に発掘調査が行われ、多くの副葬品が出土した。その中に金錯銘(きんさくめい)鉄剣が含まれていた。発掘当初、その剣に字が刻んであることは分からなかったが、その後、錆止め処理の過程て銘文が発見された。X線分析の結果115文字が確認された。

 その大意は剣の持ち主の先祖は代々大和朝廷の親衛隊の長を勤めてきた。また持ち主も雄略天皇に仕えてその政治を補佐し、功績を上げた。それらを記念して471年に銘文を刻んだと解読されている。この文は当時の東国と国家体制の関係を解明するのに重要な手掛かりを与えたので、この剣は国宝に指定された。

 「埼玉県立さきたま史跡の博物館」はその鉄剣のほか、同時に発掘された武器や馬具、鏡や装身具などが展示されている。また当館には重要有形民俗文化財の北武蔵の農具、すなわち麦のタレマキ用具・養蚕用具・綿作りの道具なども展示している。

 当館のそばには現在9基の大きな古墳が残っており、「埼玉(さきたま)古墳群」と呼ばれている。これらの古墳は5世紀末から7世紀初頭までに築造されたものだ。建造当初は小さな円墳がもっとあったようだが、破壊されたという。

 埼玉古墳群のそばに前玉(さきたま)神社がある。この神社は千年以上歴史を持ち、埼玉県名の元になったといわれる。埼玉県ではこの古墳群と周辺の古代の寺社跡、及び万葉史跡などを合わせて「さきたま風土記の丘古墳公園」として整備している。

 中でも丸墓山古墳は日本最大の円墳で、見学者は古墳の上に登ることができる。また稲荷山古墳も同様で、古墳の上に登って鉄剣出土の跡を見られる。また復原された将軍山古墳には多数のはにわが並び展示館もあって、在りし日の豪族の権力を想像できる。

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(作成日: 00/04/08、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

埼玉県立さきたま史跡の博物館_埼玉県行田市大字埼玉(さきたま)4834_TEL 総務・公園管理 048-559-1111、学芸直通 048-559-1181_

a)秩父鉄道行田市駅から3.0km(35deg.E 2.6km)

b)行田市駅から市内循環バス西回り約20分で「埼玉古墳公園前」下車徒歩2分、また朝日バスも利用やタクシーの便もある。

c)JR高崎線行田駅東口からは市内循環バスの観光拠点循環コース左回りで約15分、「埼玉古墳公園前」下車徒歩2(一日5便)(右回りだと約40)

d)JR高崎線吹上駅北口から朝日バス佐間経由行田折返し場行か同経由行田工業団地行で「産業道路」下車後徒歩15(1520分おき運行)

e)健脚ならJR高崎線北鴻巣駅からさきたま緑道約5kmの遊歩道をハイキングするもよい_中_大人_

9:00-16:30(16:00)

なお7/18/31の期間は9:00-17:00(16:30)_

月曜日(月曜日が祝日・振替休日・埼玉県民の日(11/14)に当たれば開館)

12/291/3、その他臨休あり_{17/02/28}