斎宮歴史博物館    いつきのみや歴史体験館

竹のみやこの姿を紹介する

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 伊勢市と松阪市との間に近鉄線斎宮(さいぐう)駅がある。ここには広大な斎宮跡があり国指定の史跡になっている。その一画に「斎宮歴史博物館」が設置されている。斎宮(さいくう)とは伊勢神宮の祭主である斎王(さいおう、古くはいつきのみこ)が居住した宮殿だった。

 斎王は天皇に代わって伊勢神宮を祭るために選ばれた未婚の皇女や女王であるが、平常はここに住んで祈りの生活を続け、年に三回の祭りの時に伊勢神宮へ赴き祭祀を行なった。斎宮は飛鳥時代から南北朝までの約660年間この地に存在した。

 だが南北朝の動乱の折に斎宮は廃絶し消失してしまった。そのため近年までその正確な所在地さえ不明になっていた。ところが1970年、住宅開発工事の折に偶然遺跡が見付かり、そこから古saiku3代には貴重品だった蹄脚硯と朱彩の大型土馬が出土したため、そこが斎宮跡と断定されたという。

 斎宮跡の発掘調査は1973年から始まり今も継続しており、次第にその全貌が明らかになっている。その範囲は東西2千メートル、南北7百メートルにも及び、その中には120メートル角の碁盤の目状の区画も発見された。

なお発掘調査を終えた所は土砂で埋め戻して保存されている。当博物館も史跡上に造られているため、地下の遺構を損傷しないような構造で建てられているそうだ(写真参照)。斎宮跡は137haという広い範囲に存在するため、その保存と住民の生活環境確保の兼ね合いが課題となっている。

 斎宮には斎王とその女官・役人・及び雑色(ぞうしき)など、最盛期には数百人の人が居住していたと推定され、「いつきのみや」と呼ばれていた。和歌などにもその華やかな情景が「竹のみやこ」として詠まれている。竹のみやことは地名の多気に由来する多気の都から読み替えられたとされる。

 当館は伊勢神宮の祭りと天皇の関わり・斎宮の歴史と斎王の生活・遺跡の範囲と区画などの説明、敷地と建造物の模型・出土した祭祇用具や緑釉陶器・関係古文書などの展示、古典文学や絵画に表れる斎宮や歴史上に名を留めた斎王などの紹介をしている。

 ただ出土品などだけでは、なかなか当時の実情や遺跡の実態は理解しにくい。そのため映像展示室では「斎王群行(京都から斎宮までの斎王の旅路)」、「斎宮を歩く」「今よみがえる幻の宮」などの映像を上映して入場者の理解を助けている。

 さらに駅の近くには「いつきのみや歴史体験館」が寝殿様式で造られ、当時の貴族の生活や衣装の説明、古代技術・文化の紹介、平安文化の講義、関連イベントなどが行なわれている。この施設では博物館では余り具体的に取り扱われていない生活実態を体験できるようにしている。

saiku2 遺跡は広く現地に立っても全体像は把握できない。そのため体験館の近くに斎宮跡歴史ロマン広場が設けられ、遺跡の区画を1/10に縮小した模型の方格地割が造られた(写真参照)。そこにはかつて存在したであろう建物群の模型が学術調査に基づき、確認済みの建物と推定部分を色分けして作られている(写真参照)

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(作成日: 00/07/18、 更新日: 08/02/03)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

斎宮歴史博物館_三重県多気郡明和町竹川 503_TEL 0596-52-3800_

近鉄山田線斎宮駅から1.3km(NW 0.8km)徒歩15分_中_大人_

9:30-17:00 (16:30)_

月曜日(月曜日が祝・休日ならば開館)、祝日や振替休日の翌日(土曜日に当たる場合を除く)12/291/03_{17/03/10}

 

いつきのみや歴史体験館_三重県多気郡明和町斎宮3046-25_TEL 0596-52-3890_

近鉄山田線斎宮駅の裏すぐ_

駐車場 普通車用 約30台_小_大人_

9:30-17:00(16:30)_

月曜日(祝・休日に当たれば開館し、翌日休館)、祝・休日の翌日、12/291/03、休館日は事情により変更あり_

無料休憩所が隣接している_{17/03/10}