小田原市郷土文化館

秀吉の一夜城出土品も

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参照(小田原役A)   参照(小田原役B)

参照(小田原役C)  参照(小田原役D)

 天下の険・箱根山を控えた小田原市。ここは歴史上、戦国時代と江戸時代に脚光を浴びた。戦国時代、北条氏(通称後北条氏)は小田原を本拠として関東に約百年間勢力を拡張した。そして江戸時代の小田原は箱根関所を預かる大久保氏などの城下町として、また箱根越えの宿場町として繁栄した。

 後北条時代の小田原城は、上杉氏や武田氏などの外敵によって二度包囲されたが、ろう城戦でやり過ごした。だがその次に来攻した敵とのろう城戦は、最盛期にあった強大な戦国大名・北条氏を終えんに導いた。すなわち1590年の秀吉による小田原攻めだった。

この時、北条氏はその城下集落の周囲約9kmを、土塁と濠によって矩形状に囲んだ総構えを構築して防備を固めた。これに対して秀吉は小田原西部の笠懸山(石垣山ともいう)に石垣山一夜城(太閤一夜城・一夜城ともいう)を築造して本陣とし、長期戦の構えをした。

ichiya1「小田原市郷土文化館」は小田原のたどった歴史を紹介している。その中には一夜城出土品の瓦などが少量だが展示されている。その解説によると、この城は礎石建物・高石垣・瓦葺きの三要素の備わった本格的な城だった(写真1)。当時、石垣を築いた城は関東にはなかった。

西国様式のこの城の突如出現は小田原方にかなりの心理的衝撃を与えたようだ。もちろん一夜で築城できる筈はなく、前面の森を一挙に伐採して突然出現したにしても、実際の築造には3ヶ月弱を要したという。それでもこれだけの大工事を短期間で達成した戦国時代の施工能力には感心させられる。

 当館は郷土館の性格から、歴史資料のほか、余り整った形ではないが郷土の考古学資料・民俗資料・沿岸漁業資料・民具、さらに自然科学系では箱根山や相模湾の動植物標本などが展示されている。また場所柄、山かごや1920年代の汽車弁当用の土瓶なども並んでいる。

 以前には文学関係の資料もあったようだが、小田原文学館が設立されてそちらへ移管された。そこには北村透谷や北原白秋などの資料があり、特に白秋の資料は白秋童謡館と名付けた別館が設けられている。

itiya1 ここで前述の石垣山城へ話を戻すと、この城は後北條氏小田原城の主郭があった八幡山から、早川の谷間を隔てた対岸の笠懸山(長興山あるいは石垣山とも、標高261.6m)の山上に築かれた。両城間の直線距離は約3km、両城の比高は石垣山城の方が約135mも高かった。

 従って石垣山城からは小田原城とその周囲一帯が見下ろせ、彼我の軍の展開状況が海陸共に一望できる(写真2)。この石垣山城址は石垣山一夜城歴史公園として整備され、当時の縄張りも良く分る。特に井戸曲輪は周囲を石垣によって強固に囲み、当時の姿をよく残しているといわれる(写真3)ichiya2

 この城では北條方を威圧するため、塀や櫓の骨組み上に和紙を貼り付けて白壁の仮装をした部分があったという。しかし城の縄張りや本丸などの建物、及び石垣は本格的な造りだった。

(写真4)は馬屋曲輪(通称二の丸)の広場で、これだけ見ても本格的な築城だったと理解できよう。その右側には関東大震災のために崩れかかっ石垣も見える。この城の石垣は関東大震災によって二の丸以外でも多くの場所で崩れたという。

石垣山城は天下様の威風を示すため、また長期戦に備えるためにも念入りに構築されたようだ。その事実は秀吉が正室の北の政所へ送った書状にも書かれている。城には淀殿たち側室を呼び寄せ、諸大名を伺候させ、また勅使も招いているから建物もそれ相応の造りだったに違いない。

石垣城築城はのべ4万人の労働力を掛けた突貫工事で造られた。秀吉はここに本陣を置いたが、小田原城開城のため程なく廃城になった。でも東日本最初の石垣を持つ城址で、しかも戦国時代最後の決定的な戦いで中心的役割を担った所だから、「石垣山」の名で国の史跡になっている。itiya2

それにしても築城当時、海岸から城までの急坂を築城資材や兵糧などを運び上げた人々の苦労は、馬力を利用したとしても、さぞやと思われた。いかに圧倒的兵力を動員した遠征軍でも、兵糧や戦略物資の長距離補給と、城方の面前で戦略拠点の確保や築城をしなければならないから、包囲戦自体も決して楽な話ではなかった。

 この城に行く最短コースは東海道本線早川駅から山側へ向かい、大部分が急な上り坂だが舗装されている石垣山農道(通称 太閤道、関白道)を約2.6km歩けばよい。道中、小田原市街や相模湾を背景にしてミカン畑の間を上るのは気持がよいが、正直な話かなりきつい。その代わり築城時の人々の労苦がよく分かる思いだ。もし足に自信のない人は駅からタクシーを利用すればよい。帰りは楽だ。

 

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(作成日: 00/03/07、 更新日: 12/07/05)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

小田原市郷土文化館_神奈川県小田原市城内 7-8_TEL 0465-23-1377_

JR東海道線小田原駅東口から1.1km(5deg.W 0.7km)徒歩15分_中_大人子供_

9:00-17:00_年末年始(12/281/3)_{17/05/27}