二本松市歴史資料館

落城に一瞬の華を添えた少年隊

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 ちょうちん祭りと菊人形展で知られる二本松市。当地は江戸初期から明治維新まで、丹羽氏二本松藩10万700石の城下町だった。別名を霞ヶ城あるいは白旗城と呼ばれた二本松城跡は、中世と近世の城郭跡が同じ所に並存する梯郭式平山城として国の史跡になっている。

 

 当地の白旗ヶ峰山頂部に初めて築城した武将は、15世紀前半の南北朝時代に奥州探題だった畠山満泰で、それ以来戦国時代に伊達政宗の攻撃を受けて滅亡するまで畠山氏歴代が居城した。畠山氏以降、城主は度々変わったが、江戸初期には加藤利明が近世形式の城郭を山麓部に築城した。白旗ヶ峰山頂部には中世以来の本城部分が詰の城として残された。

 

niwa1 1643年には丹羽光重が入部し城郭の改修と城下町の造営整備を行った。現市街地にあった大手門から入城するには、白旗ヶ峰南尾根に連なる観音丘陵の急坂を登り、切通しを通過してから坂を降り、谷間に配置されていた武家屋敷地区を抜けて奥の白旗ヶ峰山麓にある二の丸に到達する(写真1参照)。そこには藩主の御殿や藩の政庁が置かれていた。

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 白旗ヶ峰の南と東に延びる両尾根の要所には郭(くるわ)が配置され、城全体が馬蹄形の縄張りになっていた。従って城内は周りを山と尾根に包み隠され、大手門外を通過する奥州街道から城内の様子は全く見えなかった。逆に山頂部と各尾根の郭からは城の内外がよく見渡せた。(写真2参照)

 

 二の丸から山頂に至る斜面には大規模な庭園が造られていた。そこには傘状の赤松や多くの古木及び桜・藤・ツツジなどの花木が植えられ、安達太良山から二合田用水によって導水された水を利用する滝や池が配されている。そこには江戸時代からの茶室・洗心亭もあり、今では周囲一帯が霞ヶ城公園として整備されている。なお二合田用水は城内と城下の水不足を解消するため、約370年前に造られた。

 

 丹羽氏は織田信長の重臣・丹羽長秀を中興の祖とする外様大名である。長秀は豊臣時代には123万石を領したが、長秀没後は紆余曲折を繰り返し一時は領地を没収された。長秀の孫に当たる光重が二本松入部した時にようやく10万石余までに回復し、その後225年間は転封もなく幕末維新期を迎えている。

 

 しかしその内実は、入部後比較的早い時期から財政難の連続だった。それは長秀時代に蓄えた財宝の消耗を狙う徳川幕府の政策によって次々と課せられた賦役と、ひんぱんに発生する凶作や火災などによる巨額な出費に起因する。殊に江戸中期以降、当藩財政は破たん状態に追い込まれ、藩内の人心はすさみ、藩としても崩壊寸前の様相を呈したという。

 

 再三実施された財政再建や改革の努力も、産業振興策が不十分だったのと保守反対派の抵抗によって殆ど成果が出なかった。二の丸入り口の巨石に彫られた国の史跡「旧二本松藩戒石銘碑」は、倫理的に崩れ行く士風をなんとか立て直そうとした試みの証拠といえよう。

 

維新期に朝廷側から発せられた会津追討令を受けて、藩内では尊王か佐幕かの藩論混乱は当然あったものの、もはや具体的行動を自ら起こす余力は財政的にもなかった。結局、佐幕派の奥州越列藩同盟に義理立てをして旧式武器を携えて白河口へ出陣し敗北した。

 

その兵力撤収がうまく進まぬ内に、二本松城の防備が手薄なのを官軍側に察知され城下を急襲された。藩では兵力不足を補うべく急きょ13〜17歳の少年や老人の志願を受け入れて城の防衛を試みたが、わずか数時間の戦闘で落城したという。

 

 広い馬蹄形城郭の防御は兵力不足状態では、かえって手薄になり脆かったのだろう。藩は就寝中の藩主夫妻を急ぎ起こして他国に脱出させたが、その翌日には早くも落城している。大壇口を守っていた少年隊は鉄炮で善戦したが壊滅した。近くの丹羽家菩提寺の大隣寺には16人の隊士が二本松少年隊の墓として葬られている。

 

藩主夫妻は脱出後約一カ月の逃避行の後、投降して二本松に戻され隠居謹慎した。家督は養子に譲り、石高を半減されて決着した。しかし城も城下も焼け落ち、多数の藩士を失い、どうしようもない惨状のまま廃藩置県や廃城令を迎えた。

 

大手門跡の近くには「二本松市歴史資料館」がある。当館は考古・歴史・民俗資料と美術品を併せ展示している。絵画では当市出身でイェール大学名誉教授になった朝河貫一博士(1873〜1948)の肖像画が、民俗資料ではちょうちん祭りの屋台が、また歴史資料では畠山氏や丹羽氏の史料や二本松城の資料が若干あって興味深かった。

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(作成日: 10/10/17、 更新日: )

 

施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

二本松市歴史資料館_福島県二本松市本町1−102_TEL 0243-23-3910_東北本線二本松駅から徒歩6分(16degs.E 0.3km)分_大人_中_900-1700(16:30)_月(祝日に当れば開館し、直後の平日休館)12/291/3、陳列替え期間_{10/09/28