江東区中川船番所資料館

物流拠点を押さえた川の関所

(知への小さな旅;トップ→目次→運輸交通→)

運輸交通へ   目次へ   参照(利根川夜船A)

 小名木川(おなぎがわ)は東京の東部、江東区内を東西に真っ直ぐ貫いている。この川は江戸開府のころ、江戸で使う塩を運ぶために造られた延長4.6kmほどの運河で、それから近代までの約350年間、江戸・東京への物流ルートとして機能した。

 小名木川の西端は深川付近で大川(現在の隅田川)に合流している。またその東端は旧中川と合流し、さらに旧中川を横断した対岸で、かっては船堀川に接続し旧江戸川へつながっていた。

 そのため小名木川は江戸と関東内陸部との物流や人の往来に活用された。さらに利根川水運や東回り海運と連絡して関東東部地域や奥州太平洋側との物流の大幹線となり、江戸の消費生活を支えた。

 江戸幕府は幕藩体制を維持するため、諸国の要所に数十ヶ所の関所を設けていた。箱根・新居(あらい)・木曽福島・碓氷(うすい)などの関所はよく知られているが、江戸周辺にもいくつもの関所があった。例えば利根川の関宿関所、江戸湾(現東京湾)入り口の浦賀番所、甲州街道の小仏関所、金町松戸関所その他である。

xnakagaw 江戸への物流幹線となった小名木川にも当然、関所が設けられた。当初は小名木川西端に深川番所が置かれたが、明暦の大火以降、江戸の町が江東方面に拡大したため、1661年に東詰の旧中川との合流点に移動し、中川番所と名を変えた。写真は小名木川側から中川との合流点を写している。中川番所は左側の白い建物の所にあった(写真参照)

 ここでも他の関所と同じく入り鉄炮・出女には厳しく、特に出女は一切認めない建前だった。加えてこの番所にはもう一つ大切な役目を持っていた。それは江戸に出入りする船荷の通関で、浦賀番所が上方から下ってくる船荷の通関をしたのと同じ役目だった。

 現代では通関といえば国際空港や貿易港のそれを思い浮かべるが、信長や秀吉が関所の撤廃政策を採用したのとは逆に、後進的な統治政策を採った江戸幕府の治世下では江戸の入り口でさえこの有様だった。

 幕府は通関によって入り鉄炮・出女の規制をすると共に、規定する商品を定めてその物流を監視し、経済政策の実現とその効果判定の一手段にした。すなわち米価高騰の折には酒造米への消費を制限するため、米の輸送に目を光らせていた。

 小名木川が大川と合流する地域一帯には多くの河岸(かし、船荷を積み下ろしをする場所)があったから、米・味噌・醤油・酒・生鮮食材などが大量に運ばれてきた。その中で魚介類など生鮮食材は夜間入船も許可された。

 また利根川・江戸川経由の夜行便・江戸川夜船の船客は朝方、江戸川河口に近い船堀川入り口に到着し、そこで喫水の浅い小型船に乗り換えて番所前に進み、そこで面通しを受けてから江戸へ向かった。

 江戸中期以降、市川方面への日帰り遊覧や鹿島・香取方面への参詣客が増加し、女性客も多かったという。参詣目的なら女性の通過も認められ、また番所の前後を迂回する間道もあったそうだ。それでも幕末になると番所付近の船の監視が再び強化されている。

 この番所は1869年(明治2年)に廃止されたが、その後も小名木川の水運は蒸気船の導入で活況を呈し、明治末に最盛期を迎えた。やがて鉄道網の整備が進むに従い、水運は急速に衰微した。しかし小名木川河畔にあった多くの大名屋敷は各種工場用地に転用され、その原材料の輸送に川はその後も長く利用された。

 昭和初期に荒川放水路の開削によって、大きく蛇行していた旧中川は上流部と下流部で切断され細長い遊水池のようになった。船堀川の河口も塞がれて消失した。中川番所跡の発掘調査では、小名木川の水面下の地層から番所の礎石や生活用品が出土した。番所廃止後130年余りの間に生じた地盤沈下には改めて驚かされる。

 中川番所跡地のそばに「江東区立中川船番所資料館」が造られた。ここでは番所の歴史や役割、河川水運の様子と盛衰などを紹介している。さらに江戸・東京の伝統工芸品になっている江戸和竿の名品展示とその紹介もしている。ちなみに旧中川の番書付近はかってハゼの著名な釣り場だった。

 江戸和竿は紀州藩士だった泰地屋東作(たいちやとうさく)が天明年間の1788年に店を開いたのを元祖とする。当館の解説によるとそれ以来現代に至るまでに170人ほどの竿師が輩出し、各流派に分かれて竿作りを競い合ったという。

 素材には各種の竹、例えば布袋竹(ほていちく)・淡竹(はちく)・マダケ・寒山竹・矢竹などを用途に応じて使用した。中でも薩摩の布袋竹は最適とされていた。そして竿師は多くの竹の中から良質のものを目利きで選び釣り竿に仕上げていた。

運輸交通へ     文書の先頭

(作成日: 04/03/10、 更新日: 04/06/01)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

江東区 中川船番所資料館_東京都江東区大島 9-1-15_TEL 03-3636-9091_

a)都営地下鉄新宿線東大島(ひがしおおじま)駅大島口から0.35km(10deg.E 0.3km)徒歩6分、

b)東大島駅から都営バス(21)(28)(24)などを利用し「東大島小学校」下車徒歩2 分_

駐車場 台数は少ないので電車やバス利用を_中_大人_

(観覧時間)9:30-17:00(16;30)_

月曜日(祝日や振替休日に当たれば開館し、翌日休館)12/281/4、展示替え期間や保守点検日などの臨休あり_{16/07/23}